高校野球 入場行進。 歴代行進曲

<夏の甲子園>習志野が入場行進 第101回全国高校野球選手権大会

高校野球 入場行進

令和になって初の夏の甲子園の開会式は朝9時からスタートする。 ということで、スポルティーバ・トリビアの記念すべき第1回は「入場行進曲」を取り上げる。 正式名称は『全国中等野球大会行進曲』。 今は『大会行進曲』と呼ばれている。 甲子園の入場行進は見ものだ バックスクリーン前にずらっと並ぶトランペット&トロンボーン隊によるファンファーレが鳴り響くと、いよいよ開会式のはじまりだ。 実際には、自分たちの入場から、選手たちの退場までずっと演奏するので、かなりハードだ。 たとえばチューバの重さは、10kg近くある。 演奏は関西吹奏楽連盟に所属する高校生のみなさん。 吹奏楽コンクール常勝校から来た精鋭たちだ。 総勢230人になる。 本番に向けて猛特訓を積んでいるので、楽器ごとの細かいアレンジに耳を傾け、テレビの前からも拍手を送りたい。 ちなみに流行歌が行進曲になるのは春のセンバツである。 『大会行進曲』を作曲した山田耕筰(1886年6月9日 - 1965年12月29日)は欧米で名を馳せた最初の日本人音楽家だ。 クラシックから童謡、校歌まで幅広く手掛けている。 代表曲は『赤とんぼ』『からたちの花』など。 あまり知られていないが、『月光に悼さして』は何とも美しい癒し系ピアノ曲なので、動画サイトで見つけてほしい。

次の

選抜高校野球、開会式の入場行進曲は「パプリカ」

高校野球 入場行進

出場チーム [ ] 本大会の出場校は6月中旬から7月下旬にかけて行う地方大会 で決められる。 試合方式は本大会と同じく、ともにすべてであり、優勝校が代表校として本大会に出場できる。 全地方大会の出場校数は4000校前後である(1990年から2011年まで4000校越えであった)。 地方大会の基本的なルールは、と同じく開催年度の、、に則って行われる。 地方大会では得点差による制度(5回10点差以上、7回7点差以上)が実施されている。 ただし、決勝戦に限ってはコールドゲームは適用されず、9回攻撃終了とならない場合はとなる。 出場チーム数 ()では、東北、東海、京津、関西、兵庫、山陽、山陰、四国、九州の9地区の代表校と、春の東京大会優勝校の計10校の代表であった。 その後は参加する府県・地区の増加により毎年のように地区の分割、新設が行われ、()には北海道、奥羽、東北、北関東、南関東、東京、神静(神奈川・静岡)、東海、甲信越、北陸、京津、大阪、兵庫、紀和、山陰、山陽、四国、北九州、南九州、朝鮮、満州、台湾の22枠となった。 以降、まで枠間の移動はありつつも枠数は維持された。 南九州は4県ないし5県から1校、四国は4県から1校という厳しさで、逆に兵庫県は地元という名目で第1回大会から単独枠が割り振られていた。 このため、歴代の出場回数ランキング、優勝回数ランキング、勝利数ランキングについても有利不利が存在するのではないかと言われている。 第二次世界大戦に伴うからの中断をはさみ、は敗戦により放棄した朝鮮、満州、台湾の枠を削除した19枠で大会が再開された。 以降は地区の分割が進み、地区数は増加を続けた。 参加校が特に多いとについては、北海道は()より・で各1校、東京都は()より・で各1校となった。 ()以降はすべての年で1府県1校・北海道と東京は2校の49代表制となった。 記念大会では1回限りで枠の増値が行われている。 () - 1府県1代表が選出。 () - 1府県1代表が選出。 () - 1府県1代表が選出。 () - 1府県1代表が選出。 () - 北海道・東京都に加えて、参加校が128校を超える埼玉県・千葉県・神奈川県・愛知県・大阪府・兵庫県の6府県からに2代表選出。 () - 同じく前述の6府県が2校選出。 () - 前述の6府県に加えて福岡県からも2代表選出。 参加校がもっとも少ない地方大会は鳥取県(23校、第101回)で5回戦制 である一方、参加校がもっとも多い地方大会は一時期200校を超えた神奈川県で8回戦制であり、都道府県により地方大会の試合数は大きく異なっている。 地区割りの変遷 会場 [ ] 、がで行われた。 豊中グラウンドは(2年)に現在のの前身であるが建設・設置したものであるが、規模の小ささなどが問題となっていた。 この当時は遠征費用をすべて出場校が負担していたこともあり、会期を短縮して出場校の費用を軽減することが考慮された結果、複数のグラウンドを設置することも求められた。 これにを所有していたが応え、場内に野球用グラウンドを2面設置することでのから会場が移された。 しかし、学生野球が人気になるにつれ観客が増加し、のでは溢れた観客がグラウンドになだれ込む事件が発生する。 さらにグラウンドの水はけの悪さもあって、主催者のは、本格的な野球場の建設を提案した。 鳴尾球場を所有していた阪神電鉄は、鳴尾村に流れていた申川と枝川(武庫川の支流)を廃川としたあとにできた埋め立て地に大規模な沿線開発を行っており、当時阪神電鉄の専務だったの構想もあり、旧枝川・旧申川の分流点あたりに野球場を建設する計画を立てていたことから、利害が一致。 のホームグラウンドのを参考に球場を大会に間に合わせるため突貫工事で建設され、8月1日に球場が完成。 この年が十干十二支の最初の年である(きのえねのとし)という60年に1度の縁起のいい年であることから、 甲子園大運動場と命名された。 同年から使用を開始。 のはGHQに甲子園を接収されていたため、で行われた。 さらに出場校を大幅に増やしたのとのも甲子園球場と西宮球場を併用して使用するものの、不公平として評判がよくなかったため(甲子園で試合できず敗退した学校からは苦情があった)、これ以降は一貫して甲子園で行われるようになった。 当大会を主目的に建設された甲子園球場は半世紀あまりの大会を優先的に行っているため、当球場は高校野球の聖地として高校球児たちの憧れの舞台となっている。 「甲子園」という言葉自体が高校野球全国大会の代名詞となっており、「夏の甲子園」という通称としても扱われているように当大会に大きく貢献していることから、シーズンから大会の特別協力として扱われている。 なお、上述のような経緯、そして開設当時は阪神電鉄も電車運賃と沿線開発によって収益を上げられたことにより、高校野球の開催について甲子園球場の使用料を請求しておらず、これは開設から90年以上を経た時点でもそのままとなっている。 また、阪神甲子園球場はのともなっているが、阪神タイガースは高校野球の開催期間中に甲子園を使用せず、が続くこととなる。 かつてはロード中に成績が低迷することが多かったことから、「」という異名がつくまでとなった。 日程 [ ] 現行の試合日程(49代表・48試合制)は以下の通りである。 全都道府県から選出された記念大会では、第40・45回は同じ日程だが、第50・55回は14日間で開催された。 第60回(1978年)以後各都道府県の代表が参戦するようになってからは、おおむね8月8日を起点とした14日間を基本として行うようになった。 出場枠が55 56 校に拡大される記念大会は2日間延長される。 ()までは2-9日目が4試合日、10-11日目が3試合日となっており、3回戦を9-11日目の3日間かけて消化していた。 準々決勝戦については、()までは1日4試合を一括開催していたが、()から()までは選手の健康管理を考えて、1日2試合ずつの2日間開催に変更された(会期を1日延期)。 ただし、雨天中止による日程遅延が3日間以上続いた場合は日程消化の関係で4試合を一括開催する。 この関係で長年にほぼ固定されていた開幕日が、1 - 2日程度前倒しして行われるようになっている。 2013年からは1日4試合開催に戻し、準々決勝と準決勝の間に休養日を挟み、選手の連戦による健康被害軽減に配慮した(会期は変わらず15日間。 雨天中止が3日間以上続いた場合は休養日なし)。 第101回(2019年)以後は準決勝と決勝の連戦を避けるため、休養日が1日追加された(会期は16日に延長)。 開催年は、開催期間の重複を可能な限り避けるための日程調整が実施されることがある。 例として、(・)は後ろ倒しして8月10日、(・)は繰り上げて8月2日(史上最速)にそれぞれ開幕した。 (・)は8月10日の開幕となる予定だったが日本国内で新型コロナウイルス感染症の感染が拡大している影響で中止された。 なお、日本の電力消費は全国高等学校野球選手権大会をピークになっており 、電力供給もそれに合わせて調整を行っているという通説がある。 電力需給の観点から、電力行政を管轄する通商産業省(現・)が開催時期をずらすことについて検討をしたことがある。 大会進行 [ ] 開閉会式 [ ] 司会 [ ] までは主催者の職員が司会を担当していたが、以後は兵庫県内の高校の放送部員(おおむね、兵庫県大会のアナウンス部門・朗読部門 で入賞した生徒)が4人(開会式・閉会式に各2名ずつ)が担当するようになった。 開会式 [ ] 開式の前に関西吹奏楽連盟と関西合唱連盟がライトスタンドと一塁側アルプスの間に設けられたゲートから入場。 開式の辞 開式の言葉ののちが鳴り響く。 選手入場 ライトスタンドと一塁側アルプスの間に設けられたゲート から入場。 曲は「大会行進曲」(作曲・)。 春の選抜高校野球と違い、流行歌による入場行進曲の設定はない。 先導者・国旗・大会旗(記念大会 は歴代優勝校旗)の順に入場し各校がそれに続く。 まずは前年度優勝校がを持って入場(地方大会を優勝し、代表校として出場する場合は出場選手全員、敗退している場合は主将のみが単独で入場)。 その後、下1桁が回開催のときは北から南、下1桁が回開催のときは南から北の順に主将を先頭に3列で入場し、レフト寄りから前年度優勝校、続いて入場した学校はセンター、3校目は2校目に入場した学校の手前、4校目は2校目に入場した学校の奥と交互に外野側に整列。 選手は白色ので入場する。 全出場校が揃うとともに選手は一斉にバックネット方向へ前進する。 (1949年)からの女子生徒 が国旗、大会旗(記念大会は歴代優勝校旗)、代表校の を持っている(プラカードガール)。 なお、春の選抜高校野球では各校の生徒がプラカードを持っており、夏の全国高等学校野球選手権大会と異なる。 国旗・大会旗掲揚 選手・役員は脱帽のうえ、掲揚台側を向く。 なお、東日本大震災後に行われた第93回大会(2011年)では黙祷が行われた(そのときの黙祷は、サイレンはなし)。 大会会長の開会のあいさつ 朝日新聞社社長による5分ほどのあいさつ。 優勝旗返還 優勝旗が前年度優勝校の主将から大会会長の朝日新聞社社長に返還され、代わりに記念旗(レプリカ)が授与される。 なお優勝旗は大会期間中、で準決勝日まで展示される。 御祝の言葉 による。 出席できない場合は、文部科学副大臣ないし文部科学政務官が代理を務める。 励ましの言葉 日本高等学校野球連盟会長による。 大会前の組み合わせ抽選時、立候補した主将によるくじ引きで決定する。 大会開始から100年となった2015年度のでは抽選を行わず、主催者により第1回大会優勝校である京都二中の後継であるが指名された。 大会歌吹奏・選手退場 選手たちは3塁側から4列ずつで退場する。 閉会の辞 開会式の司会を務めた高校生が自己紹介する。 関西吹奏楽連盟と関西合唱連盟は三塁側アルプスから退場する。 なお()の開会式から、ライト側で西宮をPRする会によるを行っていたが、同会が会員の高齢化などにより活動を終了したため、2019年の第101回大会では中止となった。 閉会式 [ ] 表彰式に先立ち、として、アナウンサーの司会により優勝監督へ、アナウンサーの司会により優勝校の殊勲選手若干名にそれぞれインタビューを行う。 閉会式の準備ができるまでの間、ベンチ周辺でインタビューが行われ、閉会式の準備が終わり次第、閉会式が始まる。 開式の辞 開会式とは別の高校生(放送部員)が閉会式開幕のあいさつを行う。 選手入場・整列 校名は開会式で優勝校・準優勝校を担当した2年生の女子生徒が持っている。 選手はのまま入場する。 審判委員長講評 日本高等学校野球連盟会長による。 ・優勝授与 大会会長の朝日新聞社社長から優勝校の主将に優勝旗、副主将に優勝盾が授与される。 準優勝盾授与 大会会長の朝日新聞社社長から主将に授与される。 優勝授与・準優勝メダル授与 大会会長の朝日新聞社社長から授与される。 大会会長の閉会のあいさつ 朝日新聞社社長による。 大会旗・国旗降納 選手・役員は脱帽のうえ、掲揚台側を向く。 優勝校・準優勝校選手場内一周(大会歌吹奏) 内野側から反時計回りに一周する。 NHKの放送は途中で番組が終了する(早い時間に試合が終了し、放送時間が余ったときは一周し終わり、最大で蛍の光演奏後まで放送する年もある)。 閉会の辞 閉式のことばとともに司会を務めた高校生が自己紹介する。 ファンファーレ 演奏者(関西吹奏楽連盟の一部メンバー)が整列し、開会式と同じファンファーレを演奏。 合唱・演奏 蛍の光合唱・演奏後、関西吹奏楽連盟と関西合唱連盟は三塁側アルプスから退場する。 球場内にはオルゴールの「栄冠は君に輝く」が流れる。 閉会式後は写真撮影やインタビューが行われる。 開閉会式の特記 [ ] 開会式・閉会式の国旗・大会旗の掲揚・降納は、までは、開会式は出場校の主将(のちに記録員)が、閉会式は決勝戦を戦った選手全員がバックスクリーンの回転広告版の上(の広告看板前)に集まって行っていたが、改修以後は選手衆はバックスクリーンに移動することなく、所定位置からバックスクリーン方向の掲揚台を向いて見守る形になっている。 試合組み合わせ [ ] 試合の組み合わせはによって決まっている。 現在は、開会式3日前に抽選会が開催され、全チームのキャプテンによるくじ引きで組み合わせが決定している。 抽選方式の変遷 期間 抽選方法 第 01回(1915年)- 第 04回(1918年) 不明 第 05回(1919年)- 第 07回(1921年) 全試合抽選。 第 08回(1922年)- 第12回(1926年) 不明 第13回(1927年)- 第27回(1941年) 全試合抽選。 第28回(1946年)- 第33回(1951年) 現行と同じヤグラ方式。 第34回(1952年)- 第76回(1994年) 全試合抽選。 1回戦・2回戦・3回戦・準々決勝のそれぞれの最終日に甲子園球場で公開抽選の形式でまとめて決定していた。 1952年8月11日の朝日新聞紙上に「今度の大会から、第3日第1試合の第一回戦(7試合14チーム)の番組と、不戦一勝のクジを引いた残り9チームによる第2回戦の取り組みを決めるだけで、勝ち残ったチームがどのチームと顔を合わせるかは次の抽選まで決まらないという方式をとった」と表記されている。 ()、()は記念大会として1県1代表制を採り、出場校が増えたため、3回戦までの組み合わせを事前に決定していた。 第77回(1995年)- 第94回(2012年) 抽選会で3回戦までの組み合わせを決定し、4試合と2試合はその都度で決定する。 試合前で勝敗が決まっていないチームの抽選に関しては一塁側のチームが抽選を行った。 第95回(2013年)- 第98回(2016年) 全試合抽選。 抽選方法は以下の通り。 大会直前に行われる組み合わせ抽選会では、初戦(1・2回戦計24試合)の対戦だけを決める。 先に2校選出の都道府県の2代表が抽選を行い(同県同士が初戦で当たらないため)、その後他のチームが抽選を行う。 なお、抽選順は事前に行った予備抽選で決定する。 大会開始後は試合ごとに勝利チームが抽選し、次戦の日程を決めていく。 1回戦の勝者による2回戦の抽選は第1日の3チームは第7日目、第2・3日の8チームは第8日目、第4・5日の6チームは第9日目の試合から引く。 3回戦の抽選は、2回戦最終日の第9日目の勝者だけは連戦にならないよう、第11日目の試合から引く。 その他のチームは制約なし。 準々決勝の抽選は、連戦による選手の健康被害を最小限にするため、3回戦の1日目に当たる第10日目の勝者4チームは第1・第2試合から、連戦となる第11日目の勝者4チームは第3・第4試合から引く(第11日については、結果的に連戦となる)。 準決勝の抽選は制約なし(ただし準決勝に勝利した場合で決勝でのベンチの位置もこの抽選で決める)。 第99回(2017年)- 事前抽選で3回戦まで決定する方式に戻す。 準々決勝の抽選方法は2013年以降のものを継続。 シード制は採用されていないため、初戦で強豪・注目校同士の対戦になることもある。 近隣高校同士の対戦回避については、当初は考慮されず、隣接県同士が初戦で対戦することも珍しくなかった。 第59回(1977年)で、早稲田実(東東京)と桜美林(西東京)の東京勢同士が初戦で当たるなどしたため、第60回(1978年)以降1府県1代表制となるのをきっかけに導入された。 導入当初は、新潟・長野・富山・岐阜・三重より東を東ブロック、福井・滋賀・京都・奈良・和歌山より西を西ブロック(石川は1987年まで東ブロック、1988より西ブロック)地区を境に東西対決方式で抽選する形が()まで29年間続いていた。 しかし、ブロック境界上の地域の代表は1992年の星稜(石川)対長岡向陵(新潟)を皮切りに、5度初戦でつぶしあうなどしていたため、第88回(2006年)限りでこの方式は廃止された。 ()からは東西対決方式を廃止し、 フリー抽選式に戻した。 ただし、同一都道府県で2代表選出している場合には、代表同士が初戦で直接当たらないように配慮している。 始球式 [ ] 第92回での始球式。 朝日新聞社ヘリから、朝日新聞社の付きのボールが投下される(2010年8月7日) 開幕試合のはのからを投下する。 第1試合の基本的な開始時間 [ ]• 4試合開催日 8時• 3試合開催日 9時 (初日のみ10時30分)• 2試合開催日(主として準決勝) 11時• 1試合開催日(主として決勝) 12時30分ないし13時 2試合以上開催する場合、「試合時間は2時間、その後のグラウンド整備と次の試合の練習に30分」と想定され、新聞の組み合わせ発表では4試合日の場合「(1)8時、(2)10時30分、(3)13時、(4)15時30分」とそれぞれ掲載 されているがあくまでも目安であり、原則的に前の試合終了から30分後に次の試合を行う。 なお第93回・第94回は、にともなう節電対策のため試合開始時間が一部日程で繰り上げられる処置が取られた。 ()については4試合日は8時開始を維持したが、2・3試合日は平年と同じ時間帯に戻した。 第98回(2016年)以降は、決勝の開始時間を14時に設定している。 試合進行 [ ] 全国大会では、地方大会(を除く)で採用されている点差によるは全試合とも認められていない。 ただし、降雨などやむを得ない事情で試合を中断・打ち切る場合は、試合が7回以降に入った場合に成立(コールドゲーム)とする。 なお、地方大会でも決勝戦に限り、全国大会同様に試合が9回攻撃終了とならない場合はノーゲームとなる。 夏の大会における甲子園の土 [ ] 詳細は「」を参照 3年生部員にとってこの大会の決勝以外で負けると高校野球生活が終わるという意味をこめて「 夏が終わる」と表現され 、大会途中で敗退したチームが試合終了直後に甲子園の土を拾い集める光景はよく報道でも取り上げられている。 なお優勝・準優勝校は試合終了直後に土を拾い集められず、閉会式終了時で中継が終了するため、大会途中で敗退したチームのみが行うものと誤解されている場合もあるが、実際には優勝・準優勝校も閉会式や記念写真撮影、インタビュー終了後、グラウンドから去る寸前に土を拾っている。 また1、2年生の中にはもう一度戻ってくるという意味を込めて持ち帰らない者もいる。 使用球 [ ] ()でアルプス席のブラスバンド部員がファウルボールに当たり負傷したことから、翌()から打球に注目してもらうため、従来は係員が回収していたファウルボールをも含めて観客にプレゼントするようになった (ただしホームランボールは打った選手への記念として渡すために回収される)。 育成功労賞・野球殿堂特別表彰授賞式 [ ] 毎年の第2試合開始前にの授賞式がある。 またの特別表彰授賞式を行うことがある。 なお、当日の試合が中止となった場合、育成功労賞は8月15日に内で授賞式が行われ 、 野球殿堂の授賞式は翌日以降の第2試合開始前に授賞式がある。 大会期間中の黙祷 [ ] 8月15日の黙祷 [ ] 8月15日はのため、正午前にプレーを中断し、正午に選手、審判員、観客一同で1分間のを行う(鳴響も行う)。 正午が試合間の入れ替え時間と重なったときは、次の試合開始前(両チームあいさつの前)に行う場合がある。 なお、当日の試合が中止となった場合は黙祷は行われない(1973年・2017年・2019年の3例がある)。 ほかの日程における個別での黙祷 [ ] 広島県・長崎県代表は、それぞれの原子爆弾投下の日時で独自に黙祷を行うことがある。 一例として2016年の第98回大会第3日目第2試合、との対戦で、試合時間が8月9日の11時2分を挟むことから、試合中(応援団は1回表終了後、選手は1回裏終了後)に黙祷を行った例がある。 ただし高校独自で行われるものであり、試合進行が止められることはない。 大会歌 [ ] 同大会歌は()に制定され、()までは、作詞、作曲、合唱団が歌いより発売された「全国中等学校優勝野球大会の歌」が使われた。 「」など、文語体で詞が統一されている。 選抜高等学校野球大会の大会歌は「全国選抜中等学校野球大会の歌」 で、歌唱者とレコードレーベルが同じだったが曲調と詞は合間に手拍子が挿入されているなど、「全国中等学校優勝野球大会の歌」とはまったく異なっていた。 現在も選手入場の際に使われている「(全国中等野球)大会行進曲」はが作曲した作品であり、()から使用されているが、作詞の歌詞が存在する。 この場合は「全国中等野球大会行進歌」と呼ばれる。 「」は学制改革により従来の中等学校が高等学校となり、夏の甲子園大会が全国高等学校野球選手権大会と呼ばれることになるに作曲された。 朝日新聞社は学制改革を記念して「高等学校野球大会歌」を募集した。 5,252の応募作品の中から、高橋道子(実際には、当時の高橋の婚約者で結婚後は夫であるの作)の歌詞「栄冠は君に輝く」が選ばれ、が作曲し、から大会歌に制定される。 とコロムビア男声合唱団によって歌われ、にからレコードを発売した。 問題点 [ ] 再試合などによる試合への影響 [ ]• を採用していないこと、球場がドームではないことから、大量の得点差がついた試合も、試合が成立する7回(第7イニング)の終了以前に降雨などによる天災でノーゲームとなり、本来の試合でリードされていた高校が、数日後の再試合で勝利するという現象がしばしば起きている。 1982年(大会・1回戦) - 対戦:八幡大付が4-2とリードしながら、6回裏攻撃中に雷鳴と激しい雨により降雨ノーゲームが宣告される。 3日後の再試合では、日大二が9-6で勝利。 また日大二は、17年前の()1回戦で、にリードされながら降雨ノーゲームとなり、再試合で勝利している。 1993年(大会・3回戦) - 対戦:鹿児島商工が4-0とリードしながら、4回表攻撃中に豪雨に見舞われ降雨ノーゲーム。 翌日の再試合では、常総学院が1-0で勝利。 なお鹿児島商工は、前日の2回戦も雨の中で行っており、その試合は8回表途中で降雨コールドゲームによりに3-0で勝利していた。 2003年(・1回戦) - 対戦:駒大苫小牧が8-0と大量リードしながら、4回裏途中で台風接近による降雨ノーゲームの宣告。 翌日の再試合では倉敷工が5-2で勝利。 2009年(・1回戦) - 対戦:如水館が2-0・6-5と2試合ともにリードしながら、大会史上初となる2日連続の降雨ノーゲームに。 再試合では高知が9-3で勝利。 準々決勝を2日間で2試合ずつ行っていた時期は、準々決勝後の再抽選では、インターバル期間に差が生じてしまうことがあった。 2018年の第100回記念大会より延長戦における方式が導入、延長13回から試合が決着するまで延長無制限で行われる。 同時に準決勝までは延長引き分け再試合が廃止となる。 また決勝戦ではタイブレーク方式を採用せず延長15回で引き分けた場合は再試合とするが、再試合では準決勝までと同じ形で延長無制限でのタイブレーク方式を採用する。 これにより再試合を除く決勝戦以外での延長イニング数は60年ぶりに無制限に戻る。 2018年(・1回戦)・対が4-4のまま延長12回で決着がつかず、甲子園大会史上初のタイブレーク方式が適用された。 試合は、14回表に佐久長聖が1点を獲得し、そのまま5-4で勝利した。 2018年(第100回記念大会・2回戦)・対が9-9のまま試合はタイブレークに突入し、13回表に星稜が2点勝ち越すも、その裏の済美の攻撃で大会史上初となる逆転サヨナラ満塁ホームランを放ち、13x-11で勝利を収めた。 2019年(・3回戦)・星稜対が1-1のまま試合はタイブレークに突入し、14回裏に星稜の攻撃でサヨナラ3ランホームランを放ち、4x-1で勝利を収めた。 学校の財政的負担 [ ] 大会参加時の各校野球部の遠征・用具・応援団のバス代などは、近畿圏の学校でない限り数千万円にのぼるという試算がある。 夏の甲子園で2試合を戦った徳島県の県立高校では、出費が約4,000万円かかったと報じられている。 吹奏楽部などほかの学校活動への影響 [ ] 高校の野球部が全国高等学校野球選手権大会に出場すると、通常は同校の吹奏楽部・チアリーディング部およびチアダンス部(バトン部がチアリーディングおよびチアダンスを兼任していることも多く、その場合はバトン部が参加。 学校によってはバトントワリング部とも称す)が応援に参加する(両方を複合させたバトンチアの場合もある)。 ただ、出場校の吹奏楽部が試合当日にコンクールなどで応援に参加できないことがあるほか、学校によっては吹奏楽部自体が存在しない場合もあり、他校の吹奏楽部や卒業生、その他の有志が「友情応援」という形で参加する姿が時に見受けられる。 特にの場合、移動の際の交通費や楽器の輸送費が大きく嵩むことから多数で応援に駆けつけることが容易ではないため、例年吹奏楽部が沖縄県代表校応援団に加わり「」などを演奏するのが恒例となっている。 熱中症に対する大会運営 [ ] 入場行進からセレモニー含めた開会式が全部終わるまでに1時間ほどあるため、熱中症になる者が出ている。 朝日新聞や文部科学大臣などのあいさつを中心に短縮するなど大会運営の改善を求める声がある。 からは開会式入場行進終了時に給水時間が設けられ、2018年8月10日の第2試合・対の7回表終了時(14時57分ごろ)には史上初となるのための休憩時間が設けられ試合が10分間中断された。 海外遠征 [ ] 「」も参照 かつては大会終了後、基本的に上位進出校の3年生選手を集め、国際親善を主目的とした海外遠征チームが組まれていた。 行き先はおもにアメリカ(韓国、ブラジルへの遠征実績もあり)で、2006年以降(2008年を除く)は(にあるの野球振興・選手育成機関)との対戦が組まれていた。 選手およびコーチングスタッフは、帽子マークは「J」、胸文字は「JAPAN」、袖に日章旗という、数十年間変わっていない簡素なデザインのユニフォーム(白およびグレー地)を着用することが多いが、過去には試合により各校のユニフォームの袖に国旗を縫いつけたものも併用したことがある。 1998年以降は開催年は海外遠征の代わりに原則としてそちらに出場 、2012年以降は の日程が変更されたため、同大会にも出場するようになった(その場合、選手権不出場校の選手や2年生以下の選手が選ばれることがある)。 これにともない、親善目的のチームは2010年を最後に結成されていない。 国際大会出場の場合、2011年アジア選手権・2012年世界選手権は社会人他アマ代表と同一の、2013年世界選手権以降ははプロ・社会人・学生各年代・女子を含めてデザインを統一した『』のユニフォームを着用している。 歴史 [ ] 第1回大会 朝日新聞社長による始球式 年譜 [ ]• () - 全国優勝野球大会としてで行われる。 () - 敗者復活制度が施行される(第3回(1917年)まで)。 () - 会場がに変更される。 () - の影響で出場校は出揃ったものの中止。 () -和歌山・が史上初の夏2連覇を果たす。 () - 会場がに変更される。 () - のが本州に所在する学校以外では初めてとなる優勝を達成。 真紅の大優勝旗が初めて四国に渡る。 また、高松商は春と夏、両大会の優勝経験がある初めての学校となった。 () - 開会式にて初めてが行われる。 当時は紙に書かれた宣誓文を読み上げるスタイルであった。 () - 準決勝の対の試合が(中京商が勝利)。 中京商は()から大会史上唯一の3連覇。 () - 和歌山・海草中のが準決勝と決勝の2試合連続でノーヒットノーラン達成による優勝。 () - 全日本中等学校体育競技総力大会の一部門として開催。 () - の影響で地方大会の途中で中止( -。 は、代わりに主催でが開催されたが、文部省の意向により全国高等学校野球選手権大会とは独立した大会とされ、通算記録にも数えられていない)。 () - 結成。 で大会を再開。 この年からの地方大会参加が事実上なくなる。 また、敗戦による外地喪失のため外地の地方大会が消滅し、さらに、も地方大会に参加していない。 () - 会場が再び阪神甲子園球場となる。 のが勢として初優勝を達成。 真紅の大優勝旗が初めて九州に渡る。 ( ) - により全国高等学校野球選手権大会に名称を変更。 小倉が連覇を達成。 () - 当時アメリカ施政下にある沖縄県が、東九州大会に参加するようになる。 () - 代表のが出場したことを最後に、当時アメリカ施政下にあった沖縄県以外の空白県が消える。 () - 初の試合(対)。 () - 勝利校の校歌演奏と校旗掲揚が開始される。 () - 初の記念大会として、を含む全国各の代表47校で開催。 沖縄県は初めての本大会出場となる。 沖縄は当時アメリカ施政下にあったため、沖縄県代表は発行の渡航証明書(に相当)を各自所持して参加した。 阪急西宮球場と2会場に分かれて開催された。 準々決勝の対は春夏通じて初の規定によるとなる。 () - 代表が南北2代表に分かれる。 () - 打者用の着用が義務化。 () - が史上初の春夏連覇達成。 () - 45回記念大会として、全国各都道府県(北海道は2代表。 アメリカ施政下の沖縄を含む)の代表48校で開催。 阪急西宮球場と2会場に分かれて開催。 () - 走者に対してもヘルメットの着用が義務化。 () - が春夏連覇を達成。 () - 50回記念大会として、全国各都道府県(北海道は2代表。 アメリカ施政下の沖縄を含む)の代表48校で開催。 西宮は使用せず、全試合を甲子園で開催した。 以後、すべての大会が甲子園で開催されている。 () - 対の試合が、春夏通じて史上初の。 翌日の再試合は松山商が勝利し優勝。 () - この大会から決勝戦進出校の全選手(優勝旗、優勝楯、準優勝楯を持っている選手は除く)による国旗・大会旗の降納が始まる。 2000年(第82回大会)まで30年間行われた。 () - 耳つきヘルメットの着用が義務化。 同大会、開幕日は開会式のみを行い、試合そのものは翌日に順延する。 また、甲子園では春を含めても史上初めての同名校対決が実現(と)。 () - 55回記念大会として、全国各都道府県(北海道は2代表。 )の代表48校で開催。 () - を採用。 代表が東西2代表に分かれる。 () - 60回記念大会として、全国各都道府県(北海道、東京は2代表)代表の49校で開催。 この大会から2006年(第88回大会)まで29年間、初戦が東西対決となった。 () - この大会より、正式に現行の49代表制で開催。 が公立高校で初の春夏連覇を達成。 代表のの勝利を最後に未勝利県が消える。 () - が春夏連覇を達成。 () - 春を含めても史上2度目の同名校対決が実現(奇しくも1度目と同じく三重・海星と長崎・海星)。 () - 球場外野後方の左翼・右翼に設けられたが、この大会を最後に撤去される。 () - 代表のが代表の・にを行い、物議を醸した。 () - 両耳のの着用が義務化。 組み合わせ抽選方法を3回戦まで対戦相手がわかる方式に変更(準々決勝と準決勝は再度組み合わせ抽選)。 () - が決勝戦延長10回裏、でサヨナラ負けを阻止。 延長11回を制して、春夏を通じ「大正」「昭和」「平成」の3年号連続の優勝を達成。 () - この大会より、開会式および閉会式の進行役が選出された男女計2名の現役高校生になる。 また男子高校生による入場行進の先導も、同大会から行われた。 () - 80回記念大会として、、、、、の各地区を2分割し、55代表校で実施。 が春夏連覇を達成。 が59年ぶりとなる決勝戦でのを達成。 () - 本大会から、延長戦の規定を15回引き分け再試合制に変更。 が高校野球史上唯一の3桁安打を記録して優勝。 () - 本大会より、準々決勝戦を選手の健康負担を理由に「1日2試合ずつ、2日間の日程」で開催。 ただし雨天順延日が3日間あったため予定を変更し、結局前年通りの「1日4試合」で開催された。 () - 南北海道代表のが北海道勢として初優勝。 北海道の地に初めて深紅の大優勝旗が渡った。 () - 高知代表の明徳義塾が開幕前に発覚した不祥事を理由に出場を辞退、が急遽代替出場。 駒大苫小牧が史上6校目の2連覇を達成。 () - 駒大苫小牧対の試合が大会史上2度目(延長15回引き分け再試合制度になってからは初)の。 翌日の再試合は早稲田実が勝利し優勝。 代表()のベスト8入りにより、47都道府県の代表校すべてがベスト8以上を記録。 () - 第60回(1978年)以降定着していた組み合わせ抽選における東西対決方式から、30年ぶりに全地区フリー抽選の形式に戻される。 また、選抜高等学校野球大会同様にが追加。 が11年ぶりの公立高校優勝。 () - 90回記念大会として第80回(1998年)と同様に埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫の各地区を2分割し、当時史上最多タイの55代表校で実施。 同年開催されたの開催期間と重なったため、開会日が史上最速のとなる。 スケジュールの都合上抽選会は省略され、地方代表決定戦終了後に組み合わせ抽選が行われた。 () - にの着用が義務化。 () - この年よりセンバツを主催するが後援スポンサーとなる(甲子園の全国大会のみ。 なお、には朝日新聞社が後援スポンサーについた)。 が沖縄県勢として初優勝。 深紅の大優勝旗が初めて沖縄に渡った。 あわせて、史上6校目の春夏連覇も果たす。 () - にともなうの影響で、試合開始の時間などが見直された。 () - 前年に続き、電力事情を勘案して2年連続で試合開始の時間などが見直された。 また大会史上初めて、決勝戦の組み合わせが春夏連続で同じ対戦カードとなり、大阪代表のがを下して、史上7校目の春夏連覇を達成。 () - 本大会より準々決勝を1日4試合で行い、準々決勝と準決勝の間に休養日を設ける。 抽選方法が全試合抽選に変更される(ただし、1994年までとは違う方式)。 () - 接近にともない、8月9日の段階で開会式・開幕戦3試合を2日延期する決定を出す。 開会式の延期は1960年の第42回大会以来54年ぶりで開幕が2日延期されたのは96回の歴史上で史上初。 北陸勢がすべて3回戦進出、北信越、東北勢ともに4校ずつが16強入り(ともに史上初)。 () - 本大会開催100周年を記念して、初めて大会のシンボルマークがのデザインにより制定された。 また第1回大会の出場校のユニフォームを再現し、入場行進。 また、始球式は早稲田実業OBでプロ野球・で活躍したが務めた。 プロ野球OBが高校野球の始球式を務めるのは、春夏通じて史上初となる。 () - 抽選方法が2012年までの形式に戻される。 () - この大会より、中央特別自由席(バックネット裏)を全席指定席とし、前売り販売を開始する。 また、あわせて外野席を有料化する。 この大会の延長戦の13回から制度が初めて適用された。 入場者数が、これまで最多の92万9,000人(第72回大会)を超え101万5,000人となり、初めて100万人を超えた。 この年は前々年度の地方大会参加校数が多かった上位7府県(埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡)を2分割して史上最多となる56代表校で実施。 () - 本大会より準決勝と決勝の間に休養日が設定された。 () - の流行を考慮し、大会中止(79年ぶり3度目)。 春夏連続の中止は史上初。 優勝校・準優勝校 [ ] 優勝校に優勝旗と優勝盾、準優勝校に準優勝盾が贈られる。 優勝旗 [ ] 優勝旗の色は深紅 (「深紅の大優勝旗」)。 現在の優勝旗は3代目。 いずれもの職人による制作。 初代:第1回大会から第39回大会まで使用。。 2代目:第40回大会から第99回大会まで使用。 で正絹を使用。 3代目:第100回大会から。 大きさは、縦1. 06メートル、横1. 51メートル、旗とポールを足した総重量は約10キロとなる。 2代目の意匠を踏襲する。 なお、毎日新聞社主催の選抜高等学校野球大会の場合、優勝旗の色は紫紺であり、準優勝旗もある点が異なる。 歴代優勝校 [ ] 詳細は「」を参照• 第101回大会(2019年)終了時点で、次の28都道府県が優勝を経験している。 太字は選抜未制覇の地域 北海道、茨城県、栃木県、 群馬県、埼玉県、 千葉県、東京都、神奈川県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、広島県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県、 福岡県、 佐賀県、大分県、沖縄県 第101回大会(2019年)終了時点で、以下の県が一度も優勝したことがない。 都道府県 最高成績 (参考) 選抜大会の 最高成績 青森県 準優勝 準優勝 岩手県 ベスト4 準優勝 宮城県 準優勝 準優勝 秋田県 準優勝 ベスト4 山形県 ベスト4 ベスト4 福島県 準優勝 ベスト8 新潟県 準優勝 ベスト8 石川県 準優勝 ベスト8 富山県 ベスト8 ベスト4 福井県 ベスト4 優勝 山梨県 ベスト4 ベスト4 滋賀県 準優勝 ベスト8 鳥取県 ベスト4 準優勝 島根県 ベスト4 ベスト8 岡山県 準優勝 優勝 長崎県 ベスト4 優勝 熊本県 準優勝 優勝 宮崎県 準優勝 ベスト4 鹿児島県 準優勝 優勝 なお、地方大会が消滅した地区では、代表と代表は準優勝、朝鮮代表はベスト8が最高である。 選手権優勝都道府県で北海道、群馬県、千葉県、福岡県、佐賀県は選抜で一度も優勝したことがない。 第101回大会(2019年)現在、第1回からすべての大会の予選に参加した高校(皆勤校)は全国に15校ある。 、、、、、、、、、、、、、、。 春夏通算で全都道府県との対戦を終えているのは、終了までに、、、の4都道府県。 以上の4つは2代表選出時に代表同士との対戦もあり、47都道府県と対戦している。 当該都道府県を除く46カードすべてに勝利しているのは、大阪府と。 王手がかかっているのは神奈川県と兵庫県で、神奈川県は山形県と未対戦、兵庫県は三重県のみにまだ勝利がない。 夏の高校野球の球史に残る試合 [ ] 長い歴史を持つ大会であるゆえに「球史に残る」とされる試合は多く、以下は一例である。 (1926年)• (1933年)• (1958年)• (1964年)• (1969年)• (1974年)• (1978年)• (1978年)• (1979年)• (1991年)• (1992年)• (1996年)• (1998年)• (1998年)• (1998年)• (2006年)• (2006年)• (2007年)• (2009年)• (2018年) エピソード [ ] 「」も参照• 第60回大会以降は出場校数が49であるため、1校だけ組み合わせの時点で初戦の対戦校が決定しない(出場校数が56であったを除く)。 その1校は初戦で開幕試合の勝者(第76回大会までは1回戦のすべての試合、第95-98回大会では初日の3試合の勝者から抽選で決定)と対戦することになるが、対戦成績は出場49校が定着した()以降、()・()を含め11勝30敗(引き分け再試合1:2019年第101回大会時点)である。 また、勝利した11校のうち2勝以上あげたのは2006年・第88回大会の鹿児島工業のみであり、ほかの10校は勝利しても次の3回戦で敗退している。 対戦が決定していた当時、()でがこのを破って4強入りしたが、中迫監督は「試合を見に行かせた」「対戦相手の試合を見られることもいいこと」などと振り返っている。 テレビ・ラジオ中継 [ ] 内の各都道府県の項や、中継を行う各放送局の項も参照。 NHKでの中継 [ ] テレビ [ ] 1953年(第35回大会)からがテレビによる中継を始めた。 基本的にのみで18時まで中継するというスタイル(国会中継のため、(教育テレビ)に差し替えられたケースもある)であった。 しかし、1974年()の対戦が延長戦となり、テレビ中継の放送予定時間を大幅に超えたため、試合途中の18時55分で中継放送を打ち切った(鹿児島地区のみ18時59分まで延長)。 その直後からNHKに対して視聴者から中継打ち切りに対する抗議が殺到し、天気予報とそれに続く「」終了後に中継を再開した。 これを受けて、NHKでは翌()から現在のように総合テレビと教育テレビのリレー中継方式で完全生中継を行うようになった。 ただし、1998年(第80回大会)は編成の都合上、一部日程において午前中の教育テレビへのリレー時に15分間の中断が存在した(当該試合出場校の地元局では中継を続行)。 開始以降は、を利用してリレー時の案内を実施している。 現在は全試合アナウンサーと解説者1名で実況しているが、1980年代(遅くとも1984年)から1998年までは初戦のみ両校関係者をゲストとして招き、4人体制で中継を行っていた。 初戦では学校紹介のVTRが放送され、おもに学校所在地の市区町村を中心に紹介している。 BGMは2017年(第99回大会)までは「」、2018年(第100回大会)からは「」のが流れる。 高校野球関係者が入った年に行われる入り表彰式は、民放とは異なり映像を映さず、実況でもどういう表彰かは明言しなかったが、2019年にの表彰式が行われた際にはその映像が映され、野球殿堂入りの旨も説明された。 2010年まではでも開会式、準々決勝、準決勝、決勝・閉会式のみ放送していた。 なお、、沖縄県地方の地上波テレビの衛星再送信中継局ができるまでは、東東京・西東京・沖縄のそれぞれの代表出場校の試合も放送していた。 2015年(第97回大会)から全試合で、を実施。 2017年(第99回大会)からは放送において、投手の投球数表示(球速表示と交互に)がされるようになった。 2018年(第100回大会)は中継テーマソングとしての「甲子園」が使われることになった。 海外向けのでも準決勝、決勝・閉会式を放送している。 録画での時差放送()となる場合と生中継となる場合があるが、近年は編成の都合上、時差放送で行われることが少なくない。 以降はにともなう・や暑さ対策のため、第1試合は3試合以上行う場合(開会式日は除く。 2013 - 2018年は4試合日のみ。 2011年は準々決勝・準決勝も含む)は8時開始となった。 このため、平日・土曜に総合テレビで中継される際は冒頭15分間の生中継は行わない。 また通常は(選抜も含め)決勝戦は総合テレビでの完全中継であるが、2011年・2012年は決勝戦が午前中の開催となったため、試合が11時54分以後も続いている場合は総合テレビの定時枠(、午後の再放送など)確保のため、通常日と同じくNHK Eテレへリレーされ、13時5分以後も試合が続いていれば再び総合テレビに戻る(が行われる場合はEテレで継続して放送する)。 2012年はロンドンオリンピックの録画中継(8時15分)のため、大会前半はEテレで8時から放送された。 ラジオ等 [ ] ラジオ中継の歴史は古く、戦前の1927年(昭和2年)に当時の大阪中央放送局が初の実況中継を行っている(これがスポーツ実況中継の始まりでもあった)。 現在は原則として、日本国内向けにで全試合を中継。 放送時間は4試合日の場合、8時5分 - 18時20分(2012年の場合。 時間は変更の場合あり)。 2012年(第94回大会)からはIPサイマル配信「」でも同時配信される(2018年(第100回大会)では、民放ラジオポータルサイト「」のNHKラジオ第二次実験配信にともない 、「radiko」でも同時配信を行う。 テレビとは異なり、平日は11時50分 から正午のニュース終了(12時20分)まで、土曜日と日曜日は11時55分 から正午のニュース終了(12時15分)まで、試合展開にかかわらず中継が一時中断するほか、毎正時ごろのニュース挿入と、の規定によるからのによる中断もある(これらの場合、ニュースの場合は毎時00分になったあとの攻撃終了後、交通情報の場合は毎28分前後の攻守交替時に行われる)。 また、8月9日のと8月15日のを放送するため、高校野球中継は試合展開にかかわらず一時中断する。 また、放送時間終了時に試合が続いている場合はそのままラジオ第1で時間を延長して放送するが、18時50分 からニュース終了まで中継は試合展開にかかわらず中断する。 ニュース終了後も試合が続いている場合は、ニュース終了後に中継を再開する(中断中に試合が終了した場合は、ニュースの中で結果のみ放送する)。 民放での中継 [ ] 解説者はを参照• ・(いずれも2018年3月31日までは朝日放送〈現・〉)では、が開局翌年の()から、は前身の「」だった()から(「」)1回戦から決勝まで生中継を実施している。 と提携した第67回大会(1985年)以降は土曜日と準々決勝以降を除き、昼の時間帯は近畿圏のとのも実施している(CMも通常の全画面ではなく画面下側3分の1に表示され、球場の風景も放送)。 ()から()の間、BSアナログ(BS-9ch・JO248-BS-HDTV)において中継を行っていた。 この名残からか、()からは、でも朝日放送との同時放送を行っている(中継、あり。 ABCではからを行っているが、BS朝日では決勝戦を除き実施していない。 CMは通常放送と同じく16:9のハイビジョン形式画像(一部CMは4:3の標準形式画像)で全画面放送し、提供クレジットはCM終了後の後クレジットのみ表示となり、1本のCMを放送するたびにそのCMを放送したスポンサーのみ表示を行う)。 CS放送「」でも当日の夕方から録画放送している。 また全国大会の開幕前から、順次地方大会決勝戦ノーカット放送を行ってきたが、2012年度は一部地区がダイジェスト放送となり、2013年度以降は地方大会の全試合完全放送を見送ることになった。 これは民放でテレビ中継を行う地方大会が減少傾向にあるため、一部の地区で独自中継してきたが、それも難しくなったためである。 代替措置として「」の全放送日一挙放送や、開幕直前の生放送番組で地方大会をまとめて流すようにした。 では開会式の一部と決勝(2014年まで)については全国中継される。 また、(HTB)が地元校が出場する試合をネットしている(年度や局によっては深夜に録画放送される)。 テレビ朝日は長らく続けていた準決勝の一部中継(14、15時台のみ)を第87回大会(2005年)を最後に取り止めた。 2015年は、決勝の放送枠がネットワークセールスからローカルセールスへと変更されたことから、テレビ朝日系列局のうちテレビ朝日のみ決勝戦の中継を行わず、2016年はネット局がさらに減少。 ネット外の地方局では(UTY・)、(BBT・)、(BSS・JNN)が2014年までネットしていた。 2018年まで関西地方以外の地域で地元代表校出場試合が放送される場合(決勝は除く)、映像はABCテレビからのネットワークを受けるが、一部の放送局では実況は地元の放送局が派遣したアナウンサーによる「地元校応援実況」を行っていた。 ただし、中継予定時間になっても地元校出場試合が始まっていない場合は、ABCアナウンサーの実況をそのまま放送する(回線の都合上、前の試合のどちらかの地元局の応援実況が放送されることもある)。 2009年のみ全局がABCの実況となった。 最終的にのみ実施されていたが2018年で終了した。 また、テレビ朝日系列各局と、朝日新聞資本がある一部のテレビ朝日系列以外の放送局およびABCラジオでは、7月中旬ごろ(ABCラジオは7月1日)から朝日新聞の大会CMが放送される(台詞の違いによる地方大会版と本大会版とが存在)。 バックのBGM「」は、当初は学生の混声合唱であったが、21世紀になってからは、、、、らが歌うようになった。 2011年以降は日本各地の高校生 による合唱・演奏に変更された。 テレビ版の映像は前年度の本大会(年度により地方大会も)の模様をフィルム撮影したものを使っている。 ナレーションは、2014年までが務めていた(テレビ・ラジオともに)。 2015年はテレビCMの新たな趣向として、ダンス部員(女子)らの出演、の「栄冠は君に輝く」歌唱による「ダンス編」が制作された(本大会開催期間中は従来の作りのテレビCMもあわせて放送)。 2016年は「ダンス編」の第2弾を放送 (従来の作りのテレビCMはなし)。 インターネット中継 [ ]• 第96回(2014年)からが新規参入。 第86回選抜から引き続き、NHKでの放送を見ながら実況する「テレビ実況生放送」として配信(第97回(2015年)は、第99回(2017年)はが後援)。 MC:• アシスタント:・・• 第99回(2017年)は、愛甲猛のメイン番組とは別に、元プロ野球選手による同様の企画が配信された。 出演選手:・・・・・• 第96回(2014年)までは朝日放送サイト内で全国選手権大会を配信していたが、第97回(2015年)からは、朝日放送 ・朝日新聞社の共同事業による「バーチャル高校野球」内で地方大会と全国選手権大会のライブ中継を配信する。 2018年からは「SPORTS BULL()」内で「バーチャル高校野球」の配信を行う。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 本大会の予選のように扱われることがあるが独立した大会である。 1回戦・2回戦のあとが準々決勝。 但し、参加校が23校であった第101回の場合、シード校の9校は2回戦からの登場のため、優勝した米子東は4試合であった。 初年度の第85回記念大会は3日間雨天順延となった影響により、準々決勝は従来通り1日4試合一括で開催した。 2日に分けて開催したのは()からである。 2010年以降は担当対象外。 翌春から選抜高校野球でも高校生(Nコン全国コンクールのアナウンス部門・朗読部門上位入賞者。 開会式は基本的に新卒生)が司会を担当するようになったが、他地域への配慮から、兵庫県内の高校からの選出は開会式入場行進が初めて。 ゲートは「上は大会回数、下は全国高等学校野球選手権(記念)大会」。 第98回、第99回大会は記念大会ではないが歴代優勝校旗の入場が行われた。 当初は3年生であったが、現在は2年生が担当。 大会を前に、同校にて参加希望者の中からオーディションを行い、合格した者だけが参加できる。 第79回大会以降、紹介アナウンスが「女子生徒」から「皆さん」に変更された。 前年度優勝校が敗退している場合、以前は校名の入ったプラカードだったが、現在は「前年度優勝校」と表記される。 なお、オーディションに合格した女子生徒がプラカードを持つか国旗や大会旗を持つかは、くじ引きで決められる。 主催の選抜高等学校野球大会では行われない(なお同社主催のでは行われている)。 ()から()までは8:30開始。 ()と、()、()は8:00開始。 選抜高等学校野球大会でも9:00開始• 第93回大会()は8:00開始。 第94回大会(2012年)、第101回大会(2019年)は9:00開始• 第93回大会(2011年)は9:30、第94回大会(2012年)は10:30、()は12:00。 かつては「(1)8:00、(2)10:20、(3)12:40、(4)15:00」を目安として前の試合終了から20分後に次の試合を行っていた。 なお、早く終了した場合は予定時刻より最大15分繰り上げられる場合もある。 出場校があるため必ずしも「高校野球生活が終わる」わけではない。 作詞の初代大会歌。 「蒼空高き甲子園」の通称で知られる。 2014年アジア選手権以降は投手に10番台が多くなるなど、振り分け方が変わった。 2007年、2009年は全国高校選抜としては不出場(前者は18歳以下の社会人・専門学校生から、後者は地区予選敗退校から選出された代表で出場)。 かつては日程的に出場することが困難であったため、全国高校選抜としては2004年のみの出場であった。 学制改革による名称及び対象校変更後も回数は通算されている。 2012年の第94回大会は22日の準決勝では時差放送で行われた。 23日の決勝については国内同時放送を行うが、閉会式の部分は連続テレビ小説の再放送が始まる12:45で途中飛び降りとなった。 また、放送時間が正午をまたぐが、正午のニュースの国内同時放送を休止してそのまま中継放送を行なった。 正午のニュースの国際放送向けの番組休止(同時放送・時差放送を問わず)はNHKワールド・プレミアムが2008年9月に一部時間帯でノンスクランブル放送を開始してからは史上初めてとなる。 2011年の場合、当該試合を行っている一部の地域ではEテレで中継を行った。 編成の都合により、FMで放送を行う場合もある。 試合を行っている当該地域の放送局では、12:00まで放送する場合がある。 試合を行っている当該地域の放送局では、12:00まで放送する場合がある。 試合を行っている当該地域の放送局では、19:00まで放送する場合がある。 2019年8月17日は試合が続いていたが、第51回を総合テレビと同時放送するため19時30分に打ち切りとなった。 BS朝日:以前は対応連動データ放送だった。 2011年は東北・兵庫、2012年は九州、2013年は近畿、2014年は東海、2015年は東京・神奈川。 2018年以降は同年4月1日からの分社化に伴い「朝日放送テレビ」に変更。 出典 [ ]• 読売新聞 2020年5月20日. 2020年5月20日閲覧。 現在は二代目が使われているが、2018年夏の大会からはこれを新調し三代目の「深紅の大優勝旗」として使われている(朝日新聞2017年1月25日朝刊38面参照)。 『』2012年• "1県1校"以前の勢力構成を振り返る 複雑で遠いゆえに尊い"甲子園への道"」『』、2012年8月20日号、pp. 24-25• Yahoo! ニュース(THE PAGE)、2015年8月18日(2016年3月27日閲覧)。 朝日新聞. 2013年4月25日. 2013年4月26日閲覧。 (読売新聞 2013年4月25日)• 1980年2月29日の参議院エネルギー対策特別委員会における法政大学教授の発言。 衆議院商工委員会1990年6月8日における資源エネルギー庁長官の答弁。 Yahoo! ニュース. 2018年8月7日閲覧。 西宮をPRする会 スタッフブログ 2019年6月29日• (2016年)で-戦があった第8日に球場の開門前に1万人が押しかける事態となり、安全対策として大観衆の集まる試合をある程度把握するため。 第145回全国高校野球選手権大会の開幕試合 朝日新聞デジタル 2012-08-09• 2019年8月24日閲覧。 2019年8月24日閲覧。 2016年8月10日閲覧。 2016年8月10日閲覧。 大羽武著『甲子園2連覇 -焼け野原から立ち上がった球児・福嶋一雄-』(朝日クリエ 2012年7月25日)。 2019年8月2日. 2019年8月2日閲覧。 2018年8月10日. 2019年6月5日閲覧。 2018年1月25日. 2018年1月26日閲覧。 2019年8月24日閲覧。 『』2012年8月11日21面• 朝日新聞: p. 18面. 2010年8月13日. 2010年8月16日閲覧。 NHK大阪放送局・七十年史編集委員会 『こちらJOBK -NHK大阪放送局七十年-』 NHK大阪放送局、1995年、148-149頁。 ,AV Watch,2018年3月22日• ,株式会社radiko,2018年3月22日• - 「バーチャル高校野球」2016年6月8日19時21分配信• 朝日放送株式会社 2015年5月11日• 朝日新聞社 2018年7月3日 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 ウィキニュースに関連記事があります。

次の

歴代行進曲

高校野球 入場行進

令和になって初の夏の甲子園の開会式は朝9時からスタートする。 ということで、スポルティーバ・トリビアの記念すべき第1回は「入場行進曲」を取り上げる。 正式名称は『全国中等野球大会行進曲』。 今は『大会行進曲』と呼ばれている。 甲子園の入場行進は見ものだ バックスクリーン前にずらっと並ぶトランペット&トロンボーン隊によるファンファーレが鳴り響くと、いよいよ開会式のはじまりだ。 実際には、自分たちの入場から、選手たちの退場までずっと演奏するので、かなりハードだ。 たとえばチューバの重さは、10kg近くある。 演奏は関西吹奏楽連盟に所属する高校生のみなさん。 吹奏楽コンクール常勝校から来た精鋭たちだ。 総勢230人になる。 本番に向けて猛特訓を積んでいるので、楽器ごとの細かいアレンジに耳を傾け、テレビの前からも拍手を送りたい。 ちなみに流行歌が行進曲になるのは春のセンバツである。 『大会行進曲』を作曲した山田耕筰(1886年6月9日 - 1965年12月29日)は欧米で名を馳せた最初の日本人音楽家だ。 クラシックから童謡、校歌まで幅広く手掛けている。 代表曲は『赤とんぼ』『からたちの花』など。 あまり知られていないが、『月光に悼さして』は何とも美しい癒し系ピアノ曲なので、動画サイトで見つけてほしい。

次の