あいち トリエンナーレ 津田。 昭和天皇の御影を焼き慰安婦像も…津田大介「あいちトリエンナーレ2019」が大炎上

あいちトリエンナーレ 大村知事のチョッパリポーズと、チョッパリピースは韓国では存在しない話

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《あなたは、その後彼らに会いに向こうに行っていたでしょう。 》は、江戸時代に建てられた伊藤家住宅内の二間続く座敷に展示されています。 空間内には、スクリーン、両面鏡、空枠があり、庭にはカメラが設置されています。 空間を移動しながら作品を鑑賞することで、視覚的な仕掛けに気がつきます。 鏡の向こうの空間と手前の空間との境界が曖昧になり、どちらを見ているのか混乱します。 スクリーンには、リアルタイムの映像と、事前に録画されたパフォーマーの映像が組み合わされています。 《スコア a》《スコア b》は、床の間の掛け軸に、映像に映ったパフォーマーの動きが描き起こされたスコアが2枚、天地反転して重ねられた状態で掛けられています。 土間で聴く《オーディオガイド:内と外》は、2人のパフォーマーの耳に1個ずつマイクを仕込んだ状態で、2人が離れたり入れ替わったりしながら録音された環境音 です。 展示では、その音をヘッドフォンで再生し、ひとりで聴きます。 通常ひとりの人間で聞くことのできないような音環境を聴くことができます。 空間の特徴と対峙し、その空間の中で鑑賞者の視点が移動していくことを前提としたインスタレーションは、作家がこの10年間変わらず取り組んできているテーマです。 「不意に見える自分の後ろ姿にハッとする」と語る作家は、メディアを通じて現れる新しい現実感を提示しています。

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津田大介(ジャーナリスト)の経歴や学歴は?年収と収入も気になる!|COCO×LAB

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津田さんと現代アートとの接点は2013年にさかのぼる。 東日本大震災からインスパイアされ「」をテーマに開催された「あいちトリエンナーレ2013」で、建築家・宮本佳明氏によるに出会った時のことだ。 会場となった愛知芸術文化センターの吹き抜けを利用して、床面と壁面にカラーテープで線を引いただけで福島第一原発の原子炉建屋を原寸台でトレースした作品。 津田さんは驚いた。 「2万字の原稿でも伝えきれないような被災地の複雑さを、アートなら複雑な状態のままでシンプルに伝えられる。 アートって、こんな風に社会と接続できるのか」 「テーマ性を持ったアートは、ジャーナリズムと近いのかもしれない」 「情報」が溢れ、「感情」に左右され、「情け」がそれらを制する時代 国内外の芸術祭を視察し、決めたテーマは「情の時代」。 「情」という一文字には、「感情」「情報」「情け」という三つの意味がある。 アメリカではトランプ政権が誕生し、イギリスでは欧州連合離脱を巡り喧々諤々していた時期だった。 「常々、いまは感情的な時代だなぁと思っていたんです。 どうして政治も外交も、国民感情もこんなに感情的になってしまったのだろう……と考えてみると、情報が溢れているからなんだな、と。 情報に触れることで感情が爆発する。 でもそんな感情的な部分を抑え込むのは、人間が本能的に持つ『情け』なんじゃないか、と」 スタッフの体制が固まると、津田さんはキュレーターにテーマに沿ったアーティストを推薦してもらい、津田さん自身が選定の指揮を執った。 ある時、メキシコ人の男性キュレーターがある女性作家を推薦してきた。。 メキシコのフェミニスト・アートのパイオニア的存在で、ジェンダー間の不均衡を可視化する作品を得意とする。 だが、メイヤー氏の採用には慎重な声も上がった。 「フェミニズムのメッセージが勝ちすぎる」という意見にも、一理ある。 津田さんはメイヤー氏を「保留」とした。 そんな中で、2018年8月、東京医科大が入試で女性が不利になるように点数操作をしていた問題が。 この国には荒療治が必要だ 「先進国のはずの日本で、平成が終わろうとしている時に、実力主義のはずの入試でこんなことが起こるなんて……」 津田さんは衝撃を受けた。 さらにショックだったのは、医療の現場から点数操作を擁護する声が上がったことだった。 同時に、若い頃にある雑誌の男性編集長と交わした会話も思い出した。 「女性はたしかに優秀だけど、頑張りすぎて潰れる子もいるし、仕事にムラがある。 男性は低値だけど安定している。 だから自分は女性は採用しないんだ」 当時はスルーしてしまったこの会話も、根底にあるロジックは同じだったことに気が付いた。 では美術業界はどうなのか。 自分が「芸術監督」を務めるトリエンナーレはどうなのか? 津田さんはキュレーターたちに告げた。 「モニカを入れよう。 ジェンダーや女性をテーマにしている作家をどんどん入れよう」 この国には荒療治が必要だ、と痛感したからだ。 男性優位は、医療もメディアも美術業界も… 調べ始めると、美術業界も構図は同じだった。 次のグラフィックは、津田さんが調べた資料をもとに、ハフポスト日本版が作成したものだ。 芸術家の卵にはたくさんの女性がいるのに、卵からヒヨコになり、鶏へと成長していく過程でどんどん女性が淘汰されていっていた。 自分自身がトップに立つ「あいちトリエンナーレ2019」では、参加アーティストのジェンダー平等を実現しよう。 津田さんはこう決心した。 業界にしがらみのない人間でなければできないことがある 敢えて積極的に女性を選ぶ姿勢に、「女性に下駄を履かせるのか」と反発する声もあった。 そのたび、津田さんは「女性に下駄を履かせるんじゃない。 男性がこれまで履いてきた高下駄を脱いでもらうんです」と説明した。 女性の比率を上げるために、予定よりも参加アーティストの数を増やそうとすると、愛知県は「予算がない」と渋った。 こうして、トリエンナーレに参加する74組のアーティストのうち32組が女性になった。 男女混在のグループやカンパニーを除くと63組。 女性が過半数を超えた。 津田さんは言う。 「『差別をなくそう』というのは簡単だが、それだけで は世の中は変わらない。 具体的に行動を起こすことが大事で、今の自分はその決定権を握る立場にある。 ジャーナリストでアートの門外漢である自分だからこそできること、業界にしがらみのない人間でなければできないことがあるんじゃないかと考えた」 「ジェンダーギャップの問題は女性の問題ではなく、構造を支配している男性の問題です。 男性が変わらなければ変わらない。 だから、変えるんです」 3月27日に名古屋市で記者会見に臨む津田さんから、熱いメッセージが届いた。 今回のジェンダー平等達成について誤解してほしくないのは、『作品の質』よりも『数字』を優先したわけではない、ということです。 これだけは口を酸っぱくして言いたい。 作家選定で何より重視したのは「情の時代」というテーマに合致するか否かです。 テーマに合わない女性作家はそもそも採用していません。 極端にプレーヤーの男女比が偏っているプロダクトデザインやエンジニアリングの世界と違って、美術は男女問わず無限に良いアーティストがいる。 だからこそ、芸術祭のように数十組のアーティストを招けるような場であれば、質を低下させることなく男女平等を実現できるんです。 ちなみに世界最古の歴史を持ち、世界最大の国際芸術祭であるベネチアビエンナーレも、。 「あいちトリエンナーレ2019」のジェンダー平等は、『弊害の大きい男女平等』ではなく、『美術業界の最新トレンド』と理解していただきたいなと思います。 アートの素人が芸術監督をやっている「あいちトリエンナーレ」は、批判しやすいかもしれませんが、美術業界のど真ん中にあるベネチアビエンナーレの取り組みは批判しづらいでしょ?(笑) 「東京ではなく愛知から、公金が投入される国際イベントでジェンダー平等のメッセージを世界に向けて発信する。 新しい時代に向けて、大きな転機になると期待しています」と語る津田さん。 取り組みやコンセプトへの賛同と寄付も呼びかけている。 実はまだまだ作家の制作予算が足りていません。 「あいちトリエンナーレ」は比較的作家の制作に対して予算を割いていますが、それでも業界の体質なのかアーティストに作品を作ってもらうための費用が根本的に低く見積もられているのです。 そうした体質も変えていかなければならないと思っています。 こうした取り組みに共感された方はぜひ、愛知県が実施している 『』にクラウドファンディング感覚でご寄付いただけるとありがたいです。 ふるさと納税と同じで一定の金額まで寄付控除が受けられます!.

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「少女像」展示、あいちトリエンナーレで中止決定…「日本の“成熟度”」問われたとの声も

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愛知県で開かれている現代アートの祭典で展示作品の内容に反発が広がり、主催者側は「安全確保のため」公開中止に踏み切った。 同イベントの芸術監督である津田大介氏は中止決定を受けて謝罪会見を行ったが、なぜこんな事態を招いてしまったか。 橋下徹氏が原因を分析、どうすれば成功できたかをアドバイスする。 プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(8月6日配信)から抜粋記事をお届けします。 (略) 公金を使う以上「なんでも自由に」とはならない 8月3日、現代アートの大規模な祭典「あいちトリエンナーレ2019」の一環として公開されていた「表現の不自由展・その後」という展示が、地元の河村たかし名古屋市長や現役閣僚を含む各方面からの批判を受け、公開中止に追い込まれた。 問題視されたのは、韓国人彫刻家の手による「平和の少女像」と昭和天皇の肖像を傷つけた形の作品。 あいちトリエンナーレの芸術監督はジャーナリストの津田大介さんだが、彼は何を誤ったのか。 本メルマガ《問題解決の授業》の観点から、どうすればこの展覧会を成功に導くことができたかを考えてみたい。 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」について記者会見する、芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介氏=2019年8月2日、名古屋市東区の愛知芸術文化センター 僕は津田さんとは面識はないが、彼が政治に対しては色々と評論をしていたことは知っている。 津田さんは今回の件で、評論と実行がいかに異なるものか、評論はいかに楽で、実行はいかに大変かを認識したと思う。 普段、偉そうに評論していても、自分が実行するとなると、とんでもない壁にぶち当たる。 言うは易く行うは難し、である。 (略) 今回は、公金を活用するイベントだ。 確かに問題の展示に投じられた公金は400万円ほどであったとの報道もあるが、展示はイベント全体の格によって発信力が左右される。 ゆえにイベント全体の予算を考慮せざるを得ず、その額は億を超える大金だ。 公金を活用する以上細心の注意を払わなければならない。 これは政治家を経験すれば痛切に感じることだ。 たとえ数百円でもいい加減に使えば、厳しい批判を受ける。 今は、芸術という大義名分を振りかざせば、何とでもなる時代ではない。 そのことは政治を厳しく批評していた津田さんだからこそ、分かっていたと思うのだが。 (略) 税金を使う以上、「とにかく自由に使わせろ!」という主張を許すわけにはいかない。 そんなふうに主張する人たちは、学問の自由や芸術の自由を振りかざせば、税金を自分たちの思いのまま自由に使えるものだと強く信じている人たちが多い。 そのくせ、政治や行政の税金の使い方にはうるさいことが多い。

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