横溝 シェフ 洋菓子。 横溝春雄(リリエンベルグ店主) プロフェッショナル 仕事の流儀

リリエンベルグ (Lilien Berg)

横溝 シェフ 洋菓子

私の実家は浜松の和菓子屋です。 元々将来は実家のお店を継ぐために専門学校に通い、20歳からウィーンのケーキを日本に伝えた横溝シェフに弟子入り。 川崎のリリエンベルグというお店で修行を始めました。 実家では和菓子洋菓子の両方を取扱っているのですが、お菓子の道は深く、両方を極めるのは難しいと感じたのもこの頃です。 そして、極めるなら洋菓子の道を極めようと決め、20代後半には、ウィーンにも行きました。 その後、浜松に帰り、実家の手伝いをしながら自分のコンセプトに合ったお店を作りたいと開店準備を開始。 30歳の時にリープリングを開店しました。 目立つ場所にあるわけでもないので、お店の認知には時間がかかりましたが、ありがたいことに徐々にお客様にも足を運んでいただけるようになりました。 お菓子の味を浜松の方に合うように少しずつ工夫してきた事も、お客様が足を運んでいただけるようになった理由のひとつに有ると思います。 当店のお菓子は、修行したウィーンのお菓子がベースとなっております。 ウィーンケーキの代名詞でもあるザッハトルテは、当店でも自慢の一品。 ぜひ初めて当店にお越しの方には食べていただきたい商品です。 ケーキ、焼き菓子共に鮮度にはこだわり、ケーキはできるだけ作りたてのものを提供し、焼き菓子も大量に作ってストックするような事は一切行っておりません。 そのため、閉店近くになると商品の数が減ってしまい、お客様が欲しい商品を提供できないという事も有ります。 ただ、すべての商品において鮮度が命だと思っておりますので、その日の予定数以上の商品は、あえてお出しする事はしないようにしております。 残ってしまったら、翌日も店頭に並べるというわけにはいきませんので。 そして、鮮度をより生かすために、使う食材にもこだわっております。 特に季節のフルーツにはこだわっており、その季節に合わせて美味しい食材を厳選して仕入れ、お客様に提供しております。 また、美味しくケーキを味わっていただくためには見た目も必要。 ケーキの彩りにはとくに注意を払い、見た目で美味しそうと思ってもらえるような工夫もしております。 女性に「かわいい」と言ってもらえるような。 包装や接客に関しても手を抜かず、良い物を提供する事で、もう一度お客様が来たいと思えるようなお店づくりを行っております。 もし、お気付きの点があればご指導ください。

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リリエンベルグのモンブランを食べに

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どこの国のお菓子か ということより、日本人に喜んでもらえる洋菓子がつくりたかった。 神奈川県川崎市 リリエンベルグ オーナーシェフ 横溝 春雄• リリエンベルグ バターカステラ 内山 横溝シェフといえば、やはり、ザッハトルテやポルボローネなどのお菓子が思い浮かびますが、シェフの「一生一品」をご紹介いただくとすれば、どのお菓子でしょうか。 横溝 そうですね、「バターカステラ」ですね。 内山 ウィーン菓子のつくり手である横溝シェフから、「バターカステラ」をご紹介いただくというのは、ちょっと意外なのですが。 横溝 そうですか? 私はまず、日本でフランス菓子を学んでからスイスへ渡りました。 そして、スイス菓子を学び、ドイツでドイツ菓子を学び、ウィーンでウィーン菓子を学びました。 ヨーロッパにいる時にフランスにも何回か行って、本場のフランス菓子がどういうものかも知りました。 そうして、日本に帰ってきてどんなお菓子をつくるかといった時に、フランス菓子のシェフがフランスから帰って来て、「パリのエスプリをお菓子に入れるぞ。 内山 それはどのようなお菓子だったのでしょうか。 横溝 私は個人的には練りきりや羊羹などの和菓子が大好きで、リリエンベルグをオープンした時も、お菓子にゆであずきや黒豆、てぼいんげん豆をいつでも自分のところで炊いて使いましたし、抹茶もこだわって京都から取り寄せたりしてお菓子をつくりました。 ほうじ茶や日本茶を飲みながら食べられる洋菓子があるかと考えたときに、日本には長崎カステラがあります。 長崎カステラにバターを入れた本当にスポンジのようなカステラはできないか。 クリームをサンドしたり絞ったりするのではなくて、カットしてそれだけを召し上がっていただける、そんなバターの風味の高いカステラができればいいなと思ってつくったのがこの「バターカステラ」です。 長崎カステラの生地にバターを入れて、まさにスポンジカステラです。 でも、完成までにはずいぶん試作しましたね。 内山 焼成される際にデコ缶で泡切りされていましたね。 横溝 ええ。 そうなのです、しっとりした感じにしたいので。 泡切りは浮きに関わりますから。 全卵とお砂糖と水飴と後は粉を入れて立て、ある程度立てたときに比重を計って、最後に発酵バターを溶かしたものを結構たくさん入れます。 「バターカステラ」は日本茶を飲みながら食べられる洋菓子として、とても面白いお菓子です。 内山 横溝シェフには私どものオーブンをずいぶん長くお使いいただき、ありがとうございます。 横溝 そうですね、お店の開店の時からですから、もう27年ですね。 お店が大きくなるにつれて、後から何台か追加でお願いすることになりました。 バッケンはなんといっても気密性に優れています。 例えば、焼成中は普通のオーブンだと熱くてそばにはいられないのですが、バッケンは平気です。 「バターカステラ」の生地の目を見てください。 炉内の熱も蒸気も逃がしませんから、浮き良く焼き上がり色艶がとてもいいです。 生地の目も細やかで口溶けもしっとりと繊細です。 オーブンに安定感があると、こうした焼きものにぶれがありませんから、27年間いつも同じ品質の商品を出し続けることができます。 内山 ありがとうございます。 シェフの長い間のご信頼にこたえ続けられるよう、努力いたします。 取材・ライティング 七洋製作所 代表取締役社長 内山 素行(うちやま もとゆき) 小さな頃から空手を学び、その上達とともに空手の魅力に引き込まれる。 空手道の全日本大会で3度の日本一となる輝かしい経歴を持つ。 空手で会得した相手との技の駆け引きや、間合いの読みはビジネスの極意にも通じる。 自らの発想でつくりあげたオーブンは、日本の通商産業省が設立したグッドデザイン賞を3回も受賞する快挙を成し遂げた。 1956年、日本国 福岡県生まれ。 お問い合わせ お困りのことがございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。

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リリエンベルグ | 業務用オーブンの七洋製作所

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横溝春雄 さん洋菓子職人がプロフェッショナルに登場 都心から少し離れた住宅地に、連日400人の客が訪れる洋菓子店がある。 店主・横溝春雄(66歳)は、オーストリアの名門「デメル」に東洋人として初めて入り、腕を磨いた伝説の職人だ。 洋菓子作りに真摯 (しんし)に向き合う姿勢は、多くの一流パティシエから尊敬を集める。 クリスマス、横溝は、弟子たちとともに3500個のケーキを作る総力 戦に挑んだ。 過酷な現場で、弟子たちをいかに育てるか。 職人たちの熱きドラマに密着。 横溝 春雄 (よこみぞ はるお)さんプロフィール 埼玉県出身。 年齢 66歳 東京・神田の洋菓子店を経て、1972年渡欧。 ドイツ、スイス、 オーストリアなどで約5年間修業。 帰国後、1977年から1988年、 「新宿中村屋グロリエッテ」のシェフを務めた後、 新百合ヶ丘に1988年にウィーン菓子工房「リリエンベルグ」を オープン。 平成22年度認定かわさきマイスター 製菓技術士 社団法人 日本洋菓子協会連合会常任理事 麻生区在住 有限会社リリエンベルグ経営 始めるきっかけは何でしたか? 実家がパン屋で毎日、パンや菓子を作る親の姿を見て育ちました。 子どもの頃から食べ物というものづくりの世界に浸かってきたわけで、 将来は会社勤めより、ものを作る職業、それも食べ物を作る仕事に 就きたいと思っていました。 特にケーキが好きだったので、自分はケーキ屋になると 決めていました。 高校を出てすぐに、この道に入ったのですが、育ちからいって 自然に入ったという感じですね。 兄弟が4人いて全員、パン屋か菓子屋なんですよ。 長男は実家を継いでパン屋、次男はケーキ屋、そして三男の私、 四男の弟もパン屋をやっています。 父や母が一生懸命にパンや菓子を作るのを見て、そしてそれを 食べて育ちましたから、親の影響というのは大きいですね。 やっていて一番面白いと感じることは何ですか? ケーキ屋さんとしてプライドを感じるのは、人生の節目、 節目の舞台でケーキが登場して、人々から感謝されることです。 まずは赤ちゃんが生まれて「出産おめでとう」から始まり、 その後も1年1年の誕生日のお祝い、そして入園・入学、卒園・ 卒業のお祝い、大きくなって成人式や結婚式のお祝いや引き出物、 そして還暦のお祝い、銀婚式、金婚式などに至る長い人の一生に 於ける慶事に関わるのがケーキです スポンサーリンク どういうところでご苦労なさいましたか?. ドイツで修業していた頃です。 東西冷戦下で、東ドイツの中にあった西ベルリンに居たのですが、 第2次世界大戦の爪あとを残したままの街で、部屋には銃弾の 後があり、重い空気が漂っていました。 そのような雰囲気の中、仕事を失敗してしまい、ノイローゼに なりそうなほどでした。 その状態を救ってくれたのは当時の修業先のチーフでした。 沢山失敗するのは何故か、1日横に居てずっと見てくれました。 その結果、問題点が分かり、それ以降、失敗することはなくなりました。 人間には我慢の限界があります。 これまでガミガミ怒っていましたが、ベルリンの体験から怒った 人間には美味しい洋菓子は作れないと悟りました。 失敗の連続で追い詰められると、辞めそうになったり、 スポンサーリンク 精神的にくじけそうになったりします。 でも、耐えて、頑張っていけるのは、自分で決めたことであり、 後戻りできないからです。 そして、きっと、この後は良いことがあるというプラス思考も 重要です。 仕事の失敗で先輩に怒られたり、殴られたりしても、先輩から 指導してもらっていると感じることです。 そして、会社ではなく、自分のために頑張ることです。 すると、会社は見てくれますし、怒っていた先輩も自分が 独立したときは仲間として見てくれます お店のこだわりを教えて下さい。 「リリエンベルグ」の誇りは鮮度の良さです。 ケーキは時間との勝負ですから、朝焼いたものをショーケースに 並べ、作りたてのものをその日のうちに売り切るようにしています。 これは、この店をつくった時、最初からのこだわりでした。 焼き菓子でも日持ちしないものと認識して、常に作りたてを 提供しています。 その日に焼いたプリンは翌日に持ち越して販売することはしません。 フルーツなどの素材の仕入れも新鮮さを第一にしています。 作りたての菓子を作り続け、売り続けるというのは、なかなか 難しいことです。 私の日本での修業時代には洋菓子を冷凍して作りおきし、 販売することはあまり多くありませんでした。 ところが、ヨーロッパから帰ってみると冷凍が当たり前のように なっていました。 少しでも冷凍しないと経営が間に合わないのです。 世間には冷凍することが条件のようなレシピがいっぱいです。 私は菓子作りのこだわりを持ち続け、お客様への気持ちを第一に していきたいと考えています 後継者を育成するため、何に取り組まれていらっしゃいますか? 店から独立した弟子は何人も居ます。 独立して開店する際は仲間を派遣するなどして応援しています。 また、日本洋菓子協会連合会の技術指導委員を務め、講習会の 開催やジャパンケーキショーでのコンクール開催なども 行っています。 リリエンベルグの中でパティシエを目指す職人に対しては、 私の考えを押し付けるのでなく、あめ細工など他の菓子作りの シェフも呼んで幅広く知識・能力を培っていくことに努めています。 一昨年、ジャパンケーキショーのコンクールでは当店の従業員が 最高峰のグランプリを獲得し、金メダルを授与されたのはとても 嬉しかったですね。 何日も夜中まで特訓した成果ですから。 これからもパティシエの素晴らしさを講習会などで伝えていきたいです。 また、後継者育成やボランティアなど川崎市の活動にも積極的に参加していきたいです。 お店の リリエンベルク リリエンベルクとは、ドイツ語で百合の丘と言う意味だそうです 郵便番号215-0021 神奈川県川崎市麻生区上麻生3-18-17 休日 第1,3月曜日、火曜日 営業時間 10時から18時です お店の リリエンベルクホームページはコチラから.

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