天気 の 子 テッシー。 天気の子の裏設定や伏線回収一覧の考察まとめ!原作小説のネタバレについても

天気の子と君の名は時系列比較!瀧と三葉と四葉の登場シーンと結婚!|MoviesLABO

天気 の 子 テッシー

映画「天気の子」に登場したオカルト雑誌・月刊「ムー」 映画「天気の子」の主人公である森嶋帆高は、離島から東京へ移住してきた男の子です。 東京で生活をする為に、仕事を探すことになりますが、苦労の末に、須賀圭介という男が経営している雑誌の編集社に住み込みで働くことが決まります。 その編集プロダクションで初めて与えられた仕事は、オカルト雑誌「ムー」の執筆でした。 森嶋帆高は、須賀圭介に「今の仕事はこれ」と、オカルト雑誌を突きつけます。 実はこのオカルト雑誌「ムー」は、実在しており、新海誠監督の作品「君の名は。 」にも登場していました。 「天気の子」では、月刊ムーは完全協力する形となったようです。 「君の名は。 」への登場 映画「君の名は。 」には、テッシーこと勅使河原克彦という男子高校生が登場します。 テッシーは、ムーの愛読者という設定になっており、映画に出てくるテッシーの部屋をよく見てみると、オカルト雑誌「ムー」が転がっています。 新海誠監督は、巫女の三葉に密かに好意を寄せているテッシーを表現する為に、オカルト雑誌ムーを登場させたと語っています。 好きな人がスピリチュアルに携わる人なので、オカルト雑誌で熱心に勉強しているという訳です。 さらに、「君の名は。 」では隕石が落ちてくるというストーリーがありますが、テッシーは隕石の被害を防ごうとする瀧という男の子のよき理解者です。 一般的には、スピリチュアルなお話というのは、敬遠される傾向がありますが、テッシーには、スピリチュアルなことや宇宙についての理解があった。 そんなテッシーを表現する為にも、オカルト雑誌「ムー」は必要だったと新海誠監督は言います。 さらに、映画の中では、テッシーがオカルト雑誌「ムー」を読んでいて、アカシックレコードについて書いてあるページを、三葉に見せるというシーンがあります。 また、映画の最後の方でも、テッシーがカバンの中に雑誌「ムー」をしまっているシーンが出てきます。 雑誌「ムー」の表紙には、「ティアマト彗星は人工天体だった」と書いてありました。 テッシーは、スピリチュアルなことを感覚として経験している三葉や瀧とは対照的に、スピリチュアルなことを頭脳的に理解して行動しているキャラクターだったのです。 そんなテッシーのキャラクターを表現する上では、オカルト雑誌「ムー」は非常に大事だったと新海誠監督は語っています。 映画の中で、須賀圭介は、雇われの森嶋帆高に、仕事内容を説明していますが、この時、オカルト雑誌「ムー」を片手に説明しています。 須賀圭介は、月刊ムーのことを「歴史的権威ある雑誌」と言っており、新海誠監督が月刊ムーを昔から好きだったことからも、月刊ムーに一目置いているということが分かります。 最初は、「君の名は。 」を思わせる「彗星が落ちた日」と題されるページをチラッと見せていますが、その後に、「2062年からの未来人」というタイトルのページをめくっています。 天気の子の内容 2062年からの未来人かロボットか?!?! それ、本当かな??すごいなw — ユイト PeRTkkktnbTX0We 実際に世間では、2022年生まれの日本男児が、タイムマシンで2062年の未来から現代へやってきたと言われています。 この未来人と呼ばれる男性は、未来に起こる南海トラフ大地震の被害を抑えるために、日時を伝えにやってきたと言うのです。 新海誠監督の作品「君の名は。 」と若干の共通点が見られますね。 映画「天気の子」は、天気を晴れにすることができる少女の物語ですが、もしかすると、雑誌ムーには、ヨウ化銀を使って雨を降らせている団体についての記事なんかが載っていたのかもしれない、なんていう憶測が飛び出しますね。 「君の名は。 」と「天気の子」に登場するティアマト彗星とは ティアマト彗星とは、映画「君の名は。 」に登場した架空の彗星です。 「ティアマト」という名前は、メソポタミア神話の中の、全ての神々を生み出した女神の名前でした。 そんなティアマト彗星は、「地球と月の間を通過して地球にぶつかるなどあり得ない」と言われています。 確かに、ティアマト彗星が本物の彗星であったのならば、ティアマト彗星の区急への衝突は起こりえないかもしれませんが、新海誠監督が、映画の中の「月刊ムー」で表現していたように、映画の中のティアマト彗星は、人口的に作られた、人口天体だったのです。 なので、人口天体のティアマト彗星が地球に衝突する(落下する)ことが可能なのです。 現実的な話をすれば、過去にアメリカとロシアの衛星攻撃合戦は実際に何度か起こっており、敵の軍事人口天体を破壊する「衛星攻撃兵器」というものが存在しています。 1967年の宇宙条約によって、大気圏外における核兵器利用が制限されてからは、両国とも公にしていませんが、本当に人口天体(衛星)による攻撃は、本当に皆無になったのでしょうか? 地上の戦争を考えれば、第二次世界大戦以降、戦争はしない方向で世界は了承したようにも見受けられますが、実際にはアメリカはイスラム系の国を正当な理由なく攻撃して、テロリストを多数生み出しています。 そして、「危険なテロリストを抹殺する為だ」といういかにも正当な理由を作り上げ、イスラム系の国の攻撃を止めません。 しかし、メディアは、「アメリカの言う正当な理由」ばかりを報道しています。 映画「君の名は。 」では、新海誠監督は、「地球に落下したのは、ティアマト人口天体」という設定をストーリーの表には出さずに、「ティアマト彗星の衝突」と知らされる人々を描写しています。 ティアマト彗星も、ティアマト人口天体も存在していないと言われていますが、このような「真実をそのまま伝えないメディアに翻弄される人々」の映画での描写の仕方が、新海誠監督らしいなと思います。 映画「天気の子」にオカルト雑誌・月刊ムーを登場させた新海誠監督 新海誠監督は、宇宙的なことや神秘的なことに非常に興味があり、その興味が作品制作にも影響を与えていると語っています。 新海誠監督が実際に体験した神秘的な体験は、不思議な動く人魂みたいな火の球を見たことだそうです。 ある夜、家の窓から見える山をじっと見ていたら、火の球が山道からそれて、そのまま空に浮かんで行ったのだとか。 昔から、超常現象的なもの(UFOや幽霊など)を見たいという気持ちがあり、小中学生の時に、雑誌「ムー」をよく読んでいたと新海誠監督は語っています。 雑誌「ムー」の編集部 新海誠監督に好感を持たれ、映画の演出としても使われた雑誌「ムー」ですが、雑誌「ムー」の編集部はどのように感じていたのでしょうか? 当時、映画会社の東宝から、「映画中で使わせていただきます」と学研プラスに連絡が入ったそうです。 編集者側では、こういった連絡は度々あるものの、本棚にあるのを一瞬映されるなどの小道具として使われることが多いので、あまり期待はしていなかったそうです。 しかし、実際に映画を見てみると、月刊「ムー」がそのままに大きく映し出され、さらに、テッシーという登場人物を演出することにもなっていたので、非常に嬉しかったと、月刊「ムー」の編集者は語っています。 「天気の子」で新海誠監督が使ったオカルト雑誌「ムー」はどんな雑誌なのか オカルト雑誌・月刊「ムー」は、スピリチュアルな要素を自然科学の要素を含めながら表現している雑誌です。 内容は、UFO、超能力、怪奇現象、古代文明、陰謀説、宇宙人などのいわゆる「オカルト」というジャンルに分けられる内容で、科学的な面から証明することを意識して制作されているようです。 発行された当時は、子供をターゲットにしていましたが、ターゲットを大人へ変えたところ、販売数が伸び、現在では多くの著名人も愛読しているとのことです。 個人的な意見としては、一昔前は、オカルト情報と言えば、「ほんとかな?嘘かな?本当かどうかは知らないけど、真実を自分たちは知る由もないよね」というような印象が世間的にあったと思います。 また、「幽霊?宇宙人?現実逃避のし過ぎだ。 そんなものは存在しない」なんて言い切ってしまうような意見も昔は結構あったと思います。 「面白がって、噂をでっちあげる」というようなこともあったかと思います。 しかし、現代は、オカルト情報は、事実であることが多く、当たり前のこととして認識されることが多い印象を受けます。 特に、海外の人は、オカルト的なことや、スピリチュアルなことに理解がある人が、日本よりも多い印象を受けます。 月刊ムーの精度も上がってきているのではないかと思います。 全てを鵜呑みにしてしまうことも危険ですが、今後は、スピリチュアルなことを否定することが、命取りになるとさえ、私は感じています。 オカルト雑誌・月刊「ムー」は、1979年という、スピリチュアルなことが世間に理解されない時代から始まり、やっと世間の認知度が上がってきた現代まで長く続いた、オカルト界最長寿の雑誌です。 興味深いと思っているのは、新海誠監督だけではないと私は思います。

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天気の子にオカルト雑誌月刊ムーが登場する!ティアマト彗星など新海誠の小ネタまとめ

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まず見て頂ければ分かる通り、 東京は水没します。 そしてこの問題は解決されることはなく、ラストシーンでも東京は水没したまま終わります。 陽菜を雲の上の世界から救い出して、 「おぉ、これでエンディングかー」 と思ってたら、まさかのいきなり 「東京の雨は3年間止むことがなかった」というナレーションからの「東京は海に沈んだ」というサラッと語られるとんでもない事実。 また、主人公の帆高くんは家出少年。 どこぞの島からフェリーで東京に出てきた高校生なので、両親から捜索願いを出され、 物語全編通して警察に追われています。 また、物語の途中から陽菜と弟の凪もホームレスと化すので、3人で警察に追われるハメに。 さらにさらに、ストーリー終盤で大人2人(須賀さんと夏美)も逃亡に協力するので、最終的に5人全員が警察に捕まるというなかなかの非行映画になっています(笑) バッドエンドの理由1:東京水没したけどどうすんの? バッドエンドの理由2:主要人物5人、全員警察行き バッドエンドの理由3:帆高くん、あんまり成長してなくない? バッドエンドの理由4:陽菜のメンタルの問題 1. 東京水没したけどどうすんの? 「天気の子」のラストでも語られている通り、 天気の巫女である陽菜を助け出した代わりに、再び東京は雨の降り続ける街になってしまいました。 そして、東京水没(笑) 物語を見てると、浜松町駅(JR駅)がフェリーの停留所になっていたり、なんだかんだ都民はたくましく生きていたので、住めば都なのかもしれませんが… 少なくとも、陽菜が死ぬまで もしくは東京を出ていくまで? 東京はひたすら雨&水没都市となるわけで、都民の生活的にも日本の経済的にも大打撃です。 いわば、東京が常時「日本沈没」状態になるわけなので、帆高くんと弟の凪くん以外からしてみたら、陽菜には素直に人柱になってもらいたいレベルでしょう。 晴れ女になったのも、自分の行動が理由なわけですし。 東京都民にとってみれば、陽菜が生存してしまったのは間違いなくバッドエンドと言えます。 主要人物5人、全員警察行き 「君の名は」では、三葉の友人であるテッシーが変電所を爆破する(しかも、好きな女の子の彗星が落ちてくる!という発言を信じて)シーンがありました。 ところが 「天気の子」は、それ以上に軽犯罪から重犯罪までのオンパレードです。 須賀おじさんに至っては、警察官思いっきり殴ってますからね(笑) 陽菜を救出したあとは、世界が改変されて今までの犯罪はすべて無かったことに…なんて事もなく、救出された陽菜も含めて全員が警察のお世話になることになります。 一番犯罪しまくった帆高くんは、結局保護観察処分(親元に送り返されて、高校卒業まで監視つきで暮らす)だけで済んだので、さすがは未成年パワー。 一方で、成人でありながら「公務執行妨害+暴行」した須賀さんは普通の逮捕案件です。 陽菜を助けるためとは言え、もうちょっとスマートにいけなかったのかと。 帆高くん、あんまり成長してなくない? 帆高くんが家出した理由は 「 退屈」 「 窮屈」 あたりです。 ただ、 やたら実家に帰ろうとしないところを見ると、両親とも不仲なところがあるのかな?と感じます。 少なくとも、仲が良ければ家出なんてしないでしょうし。 結局、物語の最後に陽菜を地上に連れ戻したあと、帆高くんは実家に送り返されます。 そして、保護観察処分を受けて3年間を島で過ごすわけです。 でも、3年後に島を出る時のナレーションを聞いている限り、今まで通り「退屈な島で退屈に過ごした」と思われます。 そして、高校卒業後に再び東京へ来て1人ぐらしを始めます。 いや、結局のところ帆高くんあんまり成長してないよね? 1人の女の子を守ったことは評価されるべきですが、 肝心の帆高くんの考え方にそこまで成長が見られなかった点は気になりますね。 「天気の子」のなかで東京でもがいてきた日々はなんだったのかと。 陽菜のメンタルの問題 陽菜が帆高の助けを受け入れて、雨の振り続ける「狂った世界」で生きていくことになります。 その間、大雨で東京は水没し、中には亡くなる人も出てくるでしょう。 そこで問題なのが、陽菜のメンタルです。 「 自分がいるから東京が水没して、自分がいるから人が亡くなって…」 という状況で、何も気にせず過ごしていられるかという話です。 1度は救われた命とはいえ、この覚悟を持って生きるのは尋常じゃないメンタルが必要だと思われます。 おまけに、自分を救ってくれた男の子は3年も姿を表さないし。 雰囲気からして電話などでも一切連絡を取っていないようですし、ある意味、3年後も平然と生き続けている陽菜のメンタルが強すぎると言えます。 晴れるようにお祈りしているシーンを見ても、すべて受け入れて生きているような、達観みたいな雰囲気すら感じますが… 雲の上で人柱になった方が良かった、とは必ずしも言えません。 でも、「自分のせい」という感覚を引きずったまま生きていくのは予想以上に辛いでしょうね。 スポンサーリンク 新海誠監督はバッドエンドが好き? 新海誠監督の「君の名は」はハッピーエンドですよね。 三葉の故郷である糸守が彗星で吹き飛んでしまったのは確かに残念ですが、結果的に人は死なず、おまけに三葉と瀧は記憶が消えていても再会することができた。 ただ、 新海誠監督ってバッドエンド大好きです。 「君の名は」ももともと「瀧が三葉と再会するも、すでに三葉には彼氏がいた」というストーリーが計画されていたところ、編集者の意見で今のラストに変更されていたとかなんとか。 もし、君の名はのラストシーンで三葉の彼氏が出てきたら、あの作品は今より遥かに売れてなかったでしょう。 編集の有能アドバイスがなければ、バッドエンド一直線だったわけです。 もちろん、それ以外の作品も同じ。 あまりにもバッドエンド作品が多すぎるせいで、昔からのファンは「君の名は」がハッピーエンドになったことに驚いたくらい。 だからこそ、今回は「1人の女の子」「世界」を天秤にかけたんでしょう。 最後に主人公とヒロインがすれ違って気づかず終わり…みたいなラストでは売れないと、君の名はで学習した。 だが、完全勝利のハッピーエンドにしたくない。 その結果、東京の街が水没したという話です(笑) 「天気の子」を見終わった瞬間、 「 絶対に、完全勝利のハッピーエンドなど許すものか!」 という新海誠監督の声が聞こえてくるようでした。 女の子と出会わせてやるんだから、世界の1つくらいおかしくなってもいいだろ?的な。 バッドエンドの映画が好きな人もいますが、ハッピーエンドの方が好きな人が多いですし、「天気の子」は「君の名は」ほどの人気にはならないでしょうね。 スポンサーリンク 「天気の子」はバッドエンド 陽菜を助けて、東京で陽菜に再会して… ラストシーンは意外に爽やかなのでハッピーエンド臭がしますが、実際には東京の街が終わっていたり、その代償として前科者が大量発生したり、陽菜自身も生きていくのに相当な気力が必要だったり…結構なバッドエンドな気がします。 もちろん、「世界より1人の女の子」を選んだ帆高にはハッピーエンドでしょうけどね。 マインド的な問題で、陽菜自身は必ずしも「助かってよかった!」と言えないだろうところが余計に悲しくなりますね。 すでにコメントを頂いていますが、「私はこう思ったよ!」という意見がありましたら、ぜひコメント欄から教えて頂ければと思います。

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天気の子のテッシー(勅使河原)とさやちん(さやか)が登場したシーンは?四葉も登場!

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社会現象を巻き起こした『君の名は。 』 06 から3年ぶりとなる新海誠監督の最新作『天気の子』 公開中 が、観客動員440万人、興行収入60億円を突破する大ヒットを記録している。 公開前に実施された製作報告会見で新海監督は「意見がわかれる映画になると思う」と語っていたが、いまその言葉通り、鑑賞後の人々の間で様々な意見が交わされている。 超特大ヒットを果たした『君の名は。 』の次に賛否両論の映画を世に送りだす覚悟を決めたのは、一体、どんな理由だったのか。 また新海監督がネット上で多く見られる「『天気の子』はセカイ系」との意見について、どう感じているのか。 胸の内を明かしてもらった。 鑑賞前の方はご注意ください。 美しすぎる空、雨、光…『天気の子』の圧巻の風景描写 [c]2019「天気の子」製作委員会 天気の調和が狂っていく時代に、運命に翻弄される少年と少女が自らの生き方を選択していく姿を描く本作。 東京にやって来た家出少年の帆高が出会った、不思議な力を持った少女、陽菜。 2人の美しくもせつない恋物語を、圧倒的な風景描写と共につづる。 「もうちょっとわかりやすくマスに向けた物語を描かれるのかと思ったら、すごく攻めていて新海節を発揮していた。 賛否を巻き起こすだろうなというのが見えた。 余計に僕は新海監督が好きになった」。 一体、なぜ賛否両論の映画を作るに思い至ったのか。 新海監督は「この映画について『許せない』と感じる人もいるだろうと思いました。 現実の世界に適用すると、主人公の帆高は社会の規範から外れてしまうわけです。 弁護士の先生にもお話を聞いたんですが、法律で考えても、結構な重罪で…。 帆高が空の上で叫ぶセリフも許せないし、感情移入できないという人もたくさんいると思います」と批判的な意見にも心を寄せ、「いまの社会って、正しくないことを主張しづらいですよね。 帆高の叫ぶ言葉は、政治家が言ったり、SNSに書いたりしたとしたら、叩かれたり、炎上するようなことかもしれない。 でもエンタテインメントだったら叫べるわけです。 僕はそういうことがやりたかった」と語る。 クライマックスで帆高が叫ぶ言葉にも注目だ [c]2019「天気の子」製作委員会 さらに「『君の名は。 』が公開された後にも、想像していなかったような批判やご意見をいろいろといただきました。 でも誰かを怒らせてしまうような映画というのは、やはりどこか人の心を動かせる力のある映画だと思います。 僕はそういった意見がとても大事だと思っていて。 様々な声を聞くことが、怖くもあり、楽しみ」と期待を寄せる新海監督。 この映画は嫌いだという人も、決して損はしなかったと思えるもの。 大規模公開の作品だけに様々なタイアップ企画も展開されているが、賛否両論の映画を作るうえで、反対意見は上がらなかったのだろうか。 新海監督は「意外かもしれませんが、皆さん好きで、この作品に乗ってくださっているんです」とニッコリ。 「『公序良俗に反するものはできません』ということはなくて、『一緒にやりたいです』という意見が一致した方々。 クライマックスがどうなるかもわかっていて、ご一緒してくださっている。 『プロデューサーの都合でこうなった』『映画会社の都合でこうなった』なんて、業界の都市伝説としてはよく聞くんですが 笑 、少なくとも僕たちのチームはそういうことはなくて。 『おもしろいものにしましょう』ということがすべての行動原理になっていたので、気遣いすることも特になかったです」。

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