スラムダンクその後勝手に。 スラムダンクの続きが明らかに!【インターハイ・その後】

スラムダンク 黒板カード【幻の続編~あれから10日後~】

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幻のイベント 「スラムダンク・ファイナル」 2004年7月に、『スラムダンク』の単行本の日本国内発行部数が1億部を突破しました。 それを記念して、2004年8月10日の新聞六紙の朝刊に、一斉に全面広告で湘北メンバー6人それぞれの描き下ろしイラストが掲載されました。 井上雄彦が自ら広告主となり、多くの人々を驚かせ大反響を得ました。 一億冊感謝記念イベント 「スラムダンク・ファイナル」詳細 このイベントは、2004年3月に廃校となった「旧神奈川県立三崎高校」の校舎で、各教室の黒板に井上雄彦先生がチョークでスラムダンクの「あれから10日後のストーリー」を描きだすというものでした。 2004年の12月3日~5日に、 3日間のみ限定で開催された伝説的イベントです。 超限定告知で開催された幻のプレミアムイベント 「 スラムダンク・ファイナル」は、連載終了後8年の歳月を経ていたうえ、TV・雑誌などのメディアでの告知が一切無く、井上雄彦のホームページ上のみでしか告知がされなかった為、それを発見することのできたファンのみが参加可能だった、幻の超プレミアムイベントだったんです。 限定告知でわずか3日間、しかも神奈川県のかなり田舎での開催・・・にも関わらず、3日間で5000人以上のファンが訪れたそうです。 広く告知されていたら何倍のファンが集まっていたことでしょう・・・。 当時はTwitteなどのSNSが普及していなかった為、ほとんどのファンが後からこのイベントの存在を知ることになりました。 スラムダンク あれから10日後 黒板カード 「スラムダンク・ファイナル」のイベントで黒板に描かれた『あれから10日後』の漫画をポストカードにしたものが、『 スラムダンク 黒板カード』です。 タイトルを含めて全24枚で、黒板がミニサイズになったかのような質感と迫力が再現されたポストカードになっております。 パッケージのダンボールケースも、シンプルながら味があっていい感じです。 スラムダンク 黒板カード 内容 湘北メンバーと、対戦相手だった他校のメンバーのその後の様子が描かれています。 基本は黒板1枚あたり3コマ程度のプチエピソードといった感じで、全部で23種あります。 最初と最後だけちょっとつながっています。 (花道と晴子の手紙のやりとり) 黒板カード 登場人物(順番通り)• 湘北1年生メンバー• ミッチー• 彩子&安西先生• 小暮(&赤木)• 翔陽メンバー• 仙道&彦一• 陵南メンバー• 田岡監督&高頭監督• 山王メンバー• 河田兄弟• 桜木軍団• 花道 あれから10日後 完全版(SLAM DUNK 10DAYS AFTER) 2009年の4月に完全版として『 スラムダンク あれから10日後 完全版』(SLAM DUNK 10DAYS AFTER)が発売されました。 黒板漫画はもちろん、ファイナルイベントへ至るまでの新聞広告やウェブサイトのビジュアルも多数収録されています。 会場風景とともに一篇の漫画として楽しめるように大判のブックスタイルで構成された、まさに「 完全版」です。 ファンなら持っていて損のないこと間違い無し!! 結局、正式な続編は再開するのか?! 実は、『あれから10日後』の完全版が書籍化された時、井上先生は「これが総決算といいますか、最後のものになろうかとおもいます」と綴っていて、スラムダンク関連の最後の作品となる可能性を示唆していました。 しかし今年になって、新装再編版が発売されたことにより、まだまだスラムダンクの歴史は終わってないことが証明されました! 正式な続編が始まる可能性 連載について、井上先生は当時の本誌のあとがきで「続きはやりたい」とコメントを残しています。 スラムダンクの最終話に関して、ジャンプ掲載時は最終ページに「第一部完」と書かれていますが、単行本では「第一部完」の言葉は無く、セリフも若干異なっています。 ごまメモ ちなみに、少年ジャンプで最終回が巻頭カラーだったのは『リングにかけろ』『ドラゴンボール』『スラムダンク』の3作品のみ。 さらに表紙&巻頭カラーの偉業を達成したのは『スラムダンク』だけでした。 続編については、 「あるかもしれない」という含みのある発言をし、井上雄彦公式サイトでは「描きたくなった時に描く」と言っている為、可能性がゼロというわけではなさそうです。 ごまの勝手な見解 ごまだけではなく、多くのファンが恐らくこう思っているのではないでしょうか。 「続編を見てみたい気もするけど、今の終わり方・作品としてのクオリティが最高過ぎて、続編によってそれが壊れて価値が下がるのが怖い。 」 井上先生が続編に関して、あるともないとも言えない曖昧な表現をしているのは、別にもったいぶってるとか煙に巻いているとかではなくて、本当にそのままの意味だと感じます。 新装再編版刊行への直筆コメントを見ても分かるように、きっとスラムダンクは登場人物も含めて特別な作品で、今でも先生の心の中で生きて続けているんだと思います。 そういう意味では続編は「ある」。 そういう意味では物語としての連載再開は「ない」。 ということではないでしょうか。 多分、「あるかもしれない」の真意は、本格的なストーリーとしてではなく、番外編やスピンオフ的な範囲での可能性であるような気がします。

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スラムダンクその後の続き(3)流川楓・全日本ジュニア合宿前日

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スラムダンク続編「描きたくなったら描く」可能性アリ! 連載終了時、作者の井上先生は「続編については、あるかもしれない」という含みのある発言をし、自身の公式サイトでは「描きたくなった時に描く」と語っておられます。 スラムダンク連載終了後の動きを追ってみました。 ・2004年7月にジャンプ・コミックス版単行本日本国内発行部数が1億部を突破した。 それを記念して、同年8月11日には全国紙6紙朝刊紙上にて、作者の井上が一面広告で湘北メンバー6人それぞれの描き下ろしイラストを掲載。 ・2004年12月には統合により現在は使われていない神奈川県立三崎高等学校(現・神奈川県立三浦臨海高等学校)校舎において「1億冊ありがとうファイナル」を開催。 各教室の黒板に漫画 「スラムダンク-あれから十日後」を描いた。 作者の公式サイトのみでしか告知されなかったにもかかわらず、3日間で5000人を超えるファンが訪れた。 現段階での正統な続編。 ・2006年9月に発売された『超こち亀』の中で、作者が1Pの作品を寄稿しており、その中で主人公の桜木花道を含めた桜木軍団達が、両津勘吉と一緒に歩いている絵が描かれている。 ・2007年7月に「週刊少年チャンピオン」で「水島新司先生画業五十周年記念号」に1Pの作品を寄稿しており、花道がピッチャーで殿馬一人がバッターの絵が描かれている。 ・2009年4月に「スラムダンク-あれから10日後」完全版が発売。 スポンサーリンク スラムダンク続編が「NBA編」になる可能性は? 推測になりますが、「スラムダンクNBA編」は可能性大いにアリ!だと思います。 その理由として… 「スラムダンク-あれから10日後」のストーリー終盤で、リハビリ中の花道が療法士 から日本人初のNBA選手が誕生したことを教えられ、「次は、俺だ!」と宣言するシーンで終わっている。 公式サイトによると井上先生は、「バスケットボールに恩返しがしたい。 それは、男子バスケを強くすること。 その為にはバスケ強国へと渡る橋をかけることこそが必要」と考え、「スラムダンク奨学金」を立ち上げられました。 そして最後に、こう結ばれています。 「アメリカでのバスケットを心から欲している貴方の応募を待っています。 」 NBAで日本人選手が活躍することは容易いことではありませんが、「スラムダンクNBA編」を描くことで、エールを送る意味になるのではないでしょうか?(あくまでも個人的な推測と願望です!) この2つの理由から「NBA編の可能性アリ!」と、期待を膨らませています。 スポンサーリンク 「スラムダンク」ファンの声 井上先生、突然の無礼申し訳ございません。 私はスラムダンクを愛する者の一人です。 どうかスラムダンクの続編を描いて欲しいです。 何年先になってもいいです。 いつか必ずあの5人が帰って来ると信じてます。 長文失礼しました。 初めて江ノ電乗ったってときも、あの踏み切りも 笑 続編読みたい気持ちはない。 あれで終わりでいい。 花道たちには大人になって欲しくない。 幸せだ。 中には、井上先生へ直々に呼びかけている人までW(どうぞ、先生の目に留っていますように…).

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【Kの部屋】あの人気漫画スラムダンクの続編が読めるブログが凄すぎる!

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「 スラムダンク」とはご存知の通り、少年ジャンプで1990年〜1996年まで井上雄彦氏により連載されたバスケットボールを主題にした漫画だ。 2006年にはメディア芸術祭で「日本のメディア芸術100選」の漫画部門第一位、また雑誌ダ・ヴィンチによる50年の漫画史ランキングでも第一位になるなど、大変評価の高い漫画でもある。 この漫画の続きが待望されるのは「 インターハイのトーナメント戦の途中で連載が終わった」ことと「 多くの伏線が回収されていないこと」による。 (ネット上では熱狂的なスラダンファンが作った続編の創作物が出ているほど) この辺りには 色々と秘密があるので、この記事ではその辺りを掘り下げていきたい。 作者が「スラムダンク」を描いたワケとは? まず作者だが、彼は武道で有名な「鹿児島県」の出身である。 そして予想通り中学校までは剣道部に所属していた。 ところが高校では、当時は全く人気スポーツではなかった バスケットボール部に入部したのだ。 その理由は剣道部には兄がいて気恥ずかしかったのと、友達に誘われてついフラフラと入部してしまったからだとインタビュー記事で語っていた。 決して長身ではなかったため、バスケット部では「 ポイントガード」(チームの司令塔でスラムダンクで言うと宮城リョータ)的な役割が多かったという。 すっかりバスケットの虜となった作者だが、高校を卒業する辺りから漫画家の道に興味を抱き始める。 金銭的な面から大学は国立の熊本大学に進学したが、漫画の勉強を続けた結果、彼の投稿作が編集者の目にとまった。 そして大学を中退して上京。 「シティハンター」で有名な 北条司氏のアシスタントとなり腕を磨いた。 その後「 楓パープル」という作品が手塚賞を取り、漫画家としてデビューしたのだ。 この楓パープルという作品もバスケットを主題としていて、既に流川楓の原型やスラムダンクの登場人物の原型が描かれていた。 実は作者、漫画家になったら絶対にバスケットを主題とした漫画を描くと高校時代から決めていたのだ。 彼が最も尊敬する漫画家といえば、 水島新司(個性的な登場人物がチームで活躍する野球漫画が有名)である。 さらに 池上遼一(陳家太極拳を使う主人公とその仲間が日本の黒幕と戦う漫画など)や 小林まこと(ユニークな部員が活躍する柔道部の漫画で有名)など… 彼らを慕っていることから 「チームスポーツ」「個性的な部員」を中心に漫画を描こうとしていたことが分かる。 彼の初連載作品は原作付きでバスケットが主題ではなかったが、本名から筆名に変えた初の連載がスラムダンクだった。 これまで多くの連載を書いていた訳ではなく、実はスラムダンクが2本目。 それ以外は「 バガボンド」「 リアル」だけだ。 にも関わらず、その全てが何らかの賞を受賞しているという凄い漫画家なのだが…どうも集中的に作業したいタイプらしく、スラムダンクの続きは未だに不透明なままだ。 この伏線回収については別の記事で書きたいと思う。 スラムダンクのキャラ、登場校のモデルは?インターハイの優勝校も判明!? 個性溢れるスラムダンクの登場人物たちだが、彼らには モデルがいるのだろうか?作者の談によると、顔などは 高校時代のバスケ部仲間や大学時代のサークル仲間をモデルにしているという。 つまり鹿児島や熊本に住んでいる人は、身近にスラムダンクの登場人物にそっくりな人がいるかもしれないのだ。 個々人の「バスケスタイル」のモデルについても別の記事で解説しよう。 Sponsored Link それでは、トーナメントに登場する学校の場合はどうだろうか? ハッキリしているのが「 山王工業高校」で、これは秋田の「 能代工業高校」がモデルだ。 この学校も同じく、スラムダンクの時代には日本の高校バスケ界の「常勝軍団」で有名だった。 これは同じ秋田県という点やプレイスタイルから応援までそっくりなので、まず間違いないだろう。 ここで何故モデルが大事かというと、モデル校が特定できればスラムダンクの続きが開始された際にトーナメントの展開が読めるからだ。 海南大付属高校は神奈川の強豪校である 湘南工科大学附属高校、同じく翔陽高校は 松陽高校がモデルであろう。 この辺まではすんなりと読める。 では、スラムダンクの漫画に出ていたトーナメント表からモデルが推定できる高校をピックアップしよう。 愛知の愛和学院は 安城学園、京都の洛安高校は 洛南高校、福岡の博多商大附属は 福大附属大濠高校であることは推定される。 これらはバスケの強豪校としては有名で推測も容易だ。 それ以外は名前から読み取れない。 また逆に、関係のない名前もいくつか見受けられる。 例えば福岡の北条四商は「北条師匠」でアシスタントをしていた 北条司氏のこと、東京の神保大附属は集英社のある「 神保町」のもじりだ。 そして他には、岡山桃倉( 桃太郎伝説)、富山薬丸三商( 富山の薬売り)、兵庫北野坂(神戸異人館のある 北野)、広島鯉川( 広島カープ)など… そうでないものは単純に地名であったり、知り合いの人名から付けられているようだ。 他にもスラムダンクの命名にまつわる裏話は沢山あるので下記を参考にしてほしい。 準優勝は海南大附属とすでに分かっているので、その他の3ブロックから見つければよい。 まず湘北のいるブロックであれば 愛和学院、残り2ブロックはまずシード校であることから 博多商大附属だ。 ここはシードなので、去年の準優勝校のはずだからだ。 そして残りのブロックだが、スラムダンクの中で名前が出た愛知の 名朋工業か大阪の 大栄ということになる。 順当に考えれば博多商大附属で決まりだろう。 しかし漫画的に考えると、残り2校のうちのどちらかだ。 ここで湘北と対戦した常勝山王と湘北に勝ったのが愛和学院ということから、作者は高校の部活経験から強豪校に敬意を払っていると見られる。 そこから考えると、インターハイで優勝したのは恐らく「 博多商大附属」で決まりだろう。 さらに作者は鹿児島出身、熊本大学の学生でもあったことから 九州びいきであることは十分考えられるからだ。 スラムダンクの続き「あれから十日後」が話題に! 実は2004年、作者自身が「 スラムダンク、あれから十日後」という続きを描いていたのだ。 それは単行本販売・1億冊を記念した「1億冊ありがとうキャンペーン」として、廃校になった湘南と同じ神奈川県・三崎高等学校の黒板に描かれたもの。 これは教室ごとに描かれて 個別のエピソードがバラバラに展開されている形で、最初と最後のみ関連がある。 あらすじをご存じない方のために、とりあえずまとめてみた。 Sponsored Link まず、負傷した花道からハルコに「リハビリ王」を目指してリハビリ中の手紙が来る。 1年の3人組は赤木が抜けた後レギュラーを目指して頑張っているが、三井もスポーツ推薦目当てに練習中だ。 流川はアメリカを目指して英会話の練習中で、リョータは新キャプテンとして参考書(ビジネス本)を読み鬼キャプテンになる決意をする。 ライバル校では、翔陽は見当違いな「自分を変える」(髭を生やすetc)努力で笑いを取り、海南の牧はサーフィンに夢中だ。 信長は犬に引きずられて冴えないが、神はかっこいい。 また国体のメンバーについて、海南単独ではなくミックスしたいと語り合う田岡と高頭。 しかし、どちらが監督になるかで揉めている。 山王では深津が考え込んでいるが、内容は「ピョン」の代わりに「ピニョン」にしようという些細な悩み… ハルコから花道への返事は、赤木が練習できないストレスで勉強がはかどらないことや花道への応援が記されている。 そして最後にリハビリ中の花道が、療法士のおばちゃんから「 日本人初のNBA選手が生まれたから花道も頑張れ!」という激励に対して「 次は俺だ」と宣言するシーンで終わっている。 それぞれが個々の日常を過ごしているが、2004年の当時(能代工業出身の 田臥選手が日本人初のNBA選手となった)を反映しながら続きが描かれている。 しかしよくよく考えると、スラムダンクの終了は 1996年なので一気に8年もタイムスリップしたことになる。 湘北バスケット部の続きを描いた「CM」とは!? これは2009年「 資生堂」のCMでのこと。 井上雄彦氏が手書きで書いたと思われるアニメーションで、前述の黒板アートからさらに5年経過しているが漫画時間なので関係ない。 その内容は ギャグが半分、スラムダンクの続きが半分と言ったところだ。 男性用化粧品の宣伝だが、切り返しから切り込んでシュートする流川、アシストするリョータ、そしてスラムダンクを打つ少し髪の伸びた花道が描かれている。 花道の背番号は10番で、その辺りは変化が無い。 実はバスケットには 2つの番号がある。 それは、ポジション番号と背番号だ。 ポジション番号はポイントガード(司令塔)は1番、シューティングガード(点稼ぎ)が2番、スモールフォワード(切り込み隊長)が3番、パワーフォワード(ゴール下の争い担当)が4番。 そしてセンター(リバウンドも狙うし点取りも狙う攻撃的なゴール下)が5番だ。 それに対して、背番号はポイントガードから順番に4番〜9番と付けていく場合が多い。 10番以降はスタメンではないチームが多いからだ。 しかし、湘北はガードのリョータがエースナンバーの7番、フォワードの三井が14番、流川が11番、そして赤木だけキャプテン番号の4番を付けていて実にバラバラだ。 このCMではリョータが 4番を付けており、十日後から少しだけ時間がたった湘北の様子が描かれているわけだ。 作者が語った「スラムダンクの続き」!結局、連載再開はあるの!? 作者は何かにつけ「 気が向いたら描く」と言っているので、いつかそのうちスラムダンクの続きが読めるかもしれない。 しかし重大な問題として、バスケットのルールがスラムダンク連載終了時から 数回改正されているので新しいルールで続きを描くことになる。 (最終回から四半世紀以上が経過しているので、致しかたないが) リアルな話、その辺りに作者が委縮すれば続きは無いかもしれない… 素晴らしい作品なので1ファンとしては、スラムダンクの続きを是非読ませてほしいと願っている。

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