アン女王戦争。 【イギリス・アン女王】マルプラケの戦い戦勝記念銀メダル

スペイン継承戦争や七年戦争の裏で起きた、アン女王戦争やフレンチインディ...

アン女王戦争

イギリスも数々の歴史的に価値のある金貨が存在します、アン女王ギニー金貨もアンティークコインの中で大変希少価値のある金貨のひとつです。 1ギニー金貨、2ギニー金貨、5ギニー金貨があり、5ギニー金貨は質量約41. 75gの大型金貨で当時の最高額面の金貨でした。 1ギニーは発行当時20シリングほどの価値があるとされたが、30シリングになることもあったために、1717年に21シリングであることを制定され、価値も固定されました。 5ギニー金貨はその後に発行された5ポンド金貨よりもさらに希少性のあるコインです。 5ギニー金貨はチャールズ2世から始まり、ジェームズ2世、ウィリアム3世&メアリー2世、ウィリアム3世、アン女王、ジョージ1世、ジョージ2世、ジョージ3世の順に発行されました。 アンティークコイン市場でも滅多にお目にかかることのないアン女王の5ギニー金貨は英国のイングランド銀行博物館に飾られているそうです。 今回は最後のイングランド王国で初代グレートブリテン王国君主のアン女王とアン女王金貨についてお話しいたします。 アン女王の幼少期は?読書よりも乗馬やスポーツが好き! 日本と同じように長い歴史を持つ国として知られているのがイギリスです。 イギリスの歴史にはいくつもの王朝が存在していますが、その中でスコットランドを起源とする王朝がスチュアート朝です。 スチュアート朝は1371年から1714年まで長い間続いた王朝となっていますが、その最後の女王となったのがアン女王です。 アン女王が誕生したのは1665年のことであり、後のジェームズ2世であるヨーク公ジェームズと最初の妻であるアン・ハイドの次女として誕生します。 アン女王には姉であるメアリー2世の他にも数多くの異母兄弟が存在していました。 アン女王は姉と共に厳格なプロテスタントの教えと共に教育を受けていましたが、あまり勉強するのが好きではなく教養は無かったとされています。 その代りに体を動かすのはとても好きで、幼少期の頃は読書をするよりも外でスポーツを楽しんだり乗馬を楽しんだりすることが多かったようです。 夫婦仲は円満のアン女王、結婚生活はどうだった? 昔の王族は自由に結婚出来たというわけではなく、そのほとんどが政略結婚でした。 アン女王も他の王族と同じように1683年に結婚しています。 相手はデンマークとノルウェーの王であったフレデリク3世の次男であるクリスティアン5世の弟のジョージです。 政略結婚と聞くとあまり良いイメージを持たない人も少なくありませんが、アン女王とジョージは夫婦仲も良く数多くの子宝にも恵まれました。 しかし、このことは同時に多くの不幸もこの二人にもたらしています。 アン女王は幼少期から体を動かすことが好きだったということもあり、実に17回も妊娠しています。 1683年に結婚してから毎年のように妊娠したアン女王ですが、妊娠した子供の多くは流産や死産で亡くしているのです。 無事に生まれた子供も天然痘で亡くなってしまったり、水頭症などの病気で亡くなっています。 この不幸は当時の医療技術が未発達であったことも影響していますが、アン女王の体に問題があったとも考えられています。 アン女王は自己免疫疾患である抗リン脂質抗体症候群を患っていた可能性が高いとされており、これが子供の多くが早くして亡くなってしまった原因ともされているのです。 血栓が出来やすくなるこの病気は胎児へ悪影響を与える可能性があるため、流産や死産が続いたのもこの病気が影響していると考えられています。 また、アン女王はブランデーがとても好きだったことがわかっており、ブランデーの飲み過ぎも子供に悪影響があったのではという考えもあります。 結果としてアン女王は17回も妊娠したのにもかかわらず、一人も成人することが無くスチュアート朝が滅びることになるのです。 クーデター事件・名誉革命とアン女王と旧友サラの関係 アン女王の生涯を語る上では欠かせない存在なのがサラ=ジェニングスです。 5歳年下であったサラは幼少時代からアン女王と親交があった人物であり、1677年に軍人であるジョン=チャーチルと結婚した後にアン女王の寝室付女官に任命されています。 ジョンはジェームズ2世の寵愛を受けていた人物ですが、このことによってアン女王とサラは革命運動に巻き込まれてしまうのです。 1688年に姉の夫で従兄でもあるオラニエ公ウィレムが1万4千人もの兵を連れてイングランドに上陸したため、ジェームズ2世はフランスへと亡命してしまいます。 オラニエ公ウィレムはウィリアム3世として即位して姉であるメアリー2世と共に統治するようになり、二人には子供が居なかったことからアン女王は早いうちから王位継承者の候補として扱われるようになります。 しかし、自分の親友でもあるサラの夫ジョンがジェームズ二世と通じているとの疑惑がかけられてしまいロンドン塔へ投獄される事件が起きてしまいます。 この事件によってアン女王はウィリアム3世とメアリー2世との仲が悪くなってしまい、宮廷から遠ざかって生活するようになるのです。 ビーゴ海戦勝利! 1703年発行VIGOコインが大変希少な理由は? 姉であるメアリー2世とその夫であるウィリアム3世と仲違いをしたために宮殿から遠ざかっていたアン女王ですが、その状況が大きく変化したのはメアリー2世が亡くなった1694年です。 姉の死をきっかけとしてウィリアム3世と仲直りをし、再び宮殿で生活をするようになるのです。 しかし、メアリー2世が亡くなってからは単独統治をしていたウィリアム3世も1702年には亡くなってしまい、二人には子供がいなかったことからついにアン女王が即位することになったのです。 ウィリアム3世が亡くなった1702年にイングランド、スコットランド、アイルランドの3つの国の女王として即位したアン女王ですが、その夫であるジョージも海軍総司令官の地位を与えられています。 しかし、あくまでも女王の夫という立場であったことから実際に統治者として政治を行ったのはアン女王だけだったとされています。 同年1702年にイングランド王国とオランダの連合艦隊はスペインとフランス連合軍にビーゴ海戦で勝利し、その時にスペイン艦隊から自国へ持ち帰った金や銀で勝利を記念して1703年に発行されました。 持ち帰った金は約3kg、銀は約2t。 その約3kgしかない金からつくられた大変貴重で希少な金貨です。 その大変希少な金貨はアンティークコイン市場でもおめにかかることがあるかどうかという金貨であり、勝利をおさめたスペインのヴィーゴ湾の名称をとったVIGOコインは特にレア中のレアのようです。 VIGO5ギニー金貨は20枚発行され残存枚数が約15枚程度と言われているそうです。 銀貨も発行されています。 その後、アン女王のギニー金貨は1714年まで発行されています。 金の含有 91. 7%で1ギニー金貨(約8. 35g)と2ギニー金貨(約16. 8g と5ギニー金貨(約41. 75g)が発行されました。 発行年数が短かったためとてもレアな金貨です。 金貨の表面はアン女王の横向きの肖像、裏面は王冠をいただいた紋章を描いた4つの楯がデザインされています。 アン女王は勉強が嫌いで教養が無かったとされていますが、そのことは本人も自覚していたためか公平な統治を行い優秀な人間を多く登用したとされています。 アン女王が即位してからスペイン継承戦争が本格化したため、イングランドはオランダとオーストリアと手を組んでフランスおよびスペインと戦うことになります。 この戦争ではイングランドは数々の戦果を上げることになったのです。 戦争中であった1707年にはイングランドとスコットランド両国の合同法が成立して、両国は正式に統合されることになります。 この時に誕生したのがグレートブリテン王国であり、アン女王はその初代君主となったのです。 英国王室に影響大!アン女王が制定した王位継承法 姉であるメアリー2世の時代から王位継承問題は起きていましたが、17回も妊娠しているのにもかかわらず成人した子供がいなかったアン女王にも王位継承問題は起きていました。 アン女王は唯一成長していた王子ウィリアムを11歳で失ってしまい、36歳を目前としていた時に17回目の妊娠で男児を死産してしまいます。 その影響もあって苦し紛れに王位継承法を制定することになるのですが、1714年に実子が成長すること無くアン女王はこの世を去ってしまいます。 これによって1371年から実に300年以上も続いたスチュアート朝は断絶することになったのです。 現在のイギリス王室にも大きく影響している王位継承法は1701年にアン女王が制定した法律です。 王位継承法はステュアート家の血を引きプロテスタントである唯一の人物であったソフィアの血を引いたものだけが王位を継承するという法律であり、現在のイギリス国王にも影響しているほどイギリスにとってはとても重要な法律となっています。 現在ではソフィアの血を引く人物は大勢いるため、王位継承法によって断絶するということはまずありえなくなっています。 アン女王は自分の血を残すことには出来ませんでしたが、王位継承法を制定したということもあってイギリスの歴史においては特に重要な人物とも言えるのです。 アン女王コインやギニー金貨の買取は高価買取専門店金のアヒルへ 如何でしたでしょうか?アン女王と半生とアン女王ギニー金貨についてお話をしました。 アン女王のギニー金貨は珍しく、コイン市場でも滅多にお目にかかることのない金貨となります。 数100万から数1000万と言われるグレーディングスコア付き5ギニー金貨は勿論のこと、裸の金貨でも本物なら驚きの値打ちがつくアンティーク金貨の一つです。 また2014年にアン女王没後300年5ポンドプルーフ金貨が発行されました発行枚数は375枚。 こちらも希少性の高いコインとなっています。 金貨はモダン金貨の中でも中々世に出回ることのない希少なものとなりますが、1703年-1713年に発行されたアン女王のギニー銀貨もプレミア銀貨となり高価買取しています。 プレミアのつく金貨は別途査定価格がアップされます。 専門サイトに記載のないコインも査定いたします。 価値だけでもとりあえ知りたいというかたはぜひ無料査定をご利用下さい。

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町山智浩『女王陛下のお気に入り』を語る

アン女王戦争

幼少期(画) 生い立ち [ ] 1665年、ジェームズ(後の)と最初の妃での娘の次女として生まれた。 姉にがいる。 この他、嫡出の異母弟に(老僭王)、異母妹にがおり、この他にら庶出の異母弟妹も複数いる。 姉と共に後のロンドン主教の下でとして育てられたが、教養があまりなく、読書や芸術よりスポーツや乗馬を好んだ。 父の宮廷の女官で、後に夫人となるは少女時代からの親しい友人である。 結婚 [ ] に・の次男での弟(ジョージ)と結婚した。 ジョージはにに叙されている。 夫婦仲はよく、毎年のように妊娠したが(合計17回)、を含め6回の、6回のを経験した。 に産まれたメアリー、に産まれたアン・ソフィアは2年も経たないうちにで命を落としている。 1689年、でウィリアムを出産したが、ウィリアムも生来のがたたり、11歳の時にで命を落とすことになった。 に産まれた女児、に産まれた男児もそれぞれ生後数時間で死亡している。 不幸な出産の原因は、(APS)を患っていたためとされている。 名誉革命 [ ] のでは、姉の夫で従兄でもあるのがイングランドに上陸すると、からサラと共に脱出してウィレム3世のもとに投降した。 父が追放された後、姉夫婦がメアリー2世・ウィリアム3世として共に即位するが、2人に子がなかったので、早くから王位継承者の候補と目されるようになり、の一室を与えられ、そこで生活した。 しかし、ジェームズ2世の元の寵臣であった将軍マールバラ伯ジョン・チャーチルが、旧主ジェームズと極秘裏に通信した疑惑によりへ投獄された時、マールバラ伯がアンの友人サラを妻としていたためにアンは投獄に反対し、ウィリアム3世・メアリー2世と仲違いした。 この事件以降、アンはメアリー2世と絶交状態になり、親交があったと夫妻から借りたロンドン郊外のに引っ越して宮廷から遠ざかったが、メアリー2世がに死去するとウィリアム3世と和解、に移り住んだ。 即位とその治世 [ ] アン女王とジョージ王配(1706年画) メアリー2世死後に単独統治を続けていたウィリアム3世が1702年に没すると、アンがイングランド、スコットランド、アイルランドの女王に即位した。 夫ジョージは「女王の配偶者」(、Prince Consort)及びの地位を与えられたが、統治者としての君臨は行わなかった。 アンが即位した時、先王の生前に準備されていたが本格化し、イングランドはと共にと同盟して、およびと戦うことになった。 アンは友人の夫マールバラ伯をイングランド軍総司令官に任命して・に派遣し、マールバラ伯の友人をに任命して戦争を遂行させた。 マールバラ伯は戦線(現)で大きな戦果を挙げ、アンは彼をマールバラ公爵に叙任した。 にはマールバラ公は南ドイツで行われたでフランス軍を破る大戦果をあげ、その後もフランドル方面で戦勝を重ねた。 ブレンハイムの戦勝を記念してマールバラ公に恩賞を与えの領地を授与、邸宅建築の資金提供も決定した。 この場所で建設されたのがである。 また、スペインとの戦いでは、イギリス艦隊がスペインのを陥落させた。 イギリスとフランスがので繰り広げた戦いはと呼ばれているが、こちらは決着がつかなかった。 戦争中のには、イングランド・スコットランド両国のが成立し、以来100年余りにわたってを結んできた両国は正式に統合されたになり、アンはグレートブリテン王国最初の君主となった。 統合が成立した背景には、後述の王位継承問題が絡んでいた。 にの裁可を拒否する形で拒否権を発動。 これはイギリス政治史で2017年時点で最後の国王の拒否権発動である。 サラとの決別 [ ] 夫人 マールバラ公爵夫人となったサラは女王の側近にあって夫の代弁者となり、戦争の遂行を女王に進言していたが、次第に女王は和平推進派に傾き始め、サラを疎むようになった。 また、サラが支持していたを嫌っていて、からゴドルフィンが政権運営の必要上ホイッグ党と連携したことにも不満を抱き、サラの従妹を重用しに近付いていった。 、アンはついにサラを宮廷から追放、同年に行われた選挙の結果、和平推進派のトーリー党が政権の座についた。 ゴドルフィンは更迭されトーリー党の指導者、らが政権の頂点に立ち和平に動き、マールバラ公の軍資金横領疑惑の調査が行われ、翌年に横領が報告されてマールバラ公は失脚した。 主戦論者マールバラ公の失脚でスペイン継承戦争は和平交渉が開始され、にが締結された。 この条約でイギリスは、現在に至るまで領有しているジブラルタルなど複数の海外領土を獲得した。 アンは肥満体質(ブランデーの飲み過ぎが原因だったと伝えられている)で、どこへ行くにも輿に乗っていたが、晩年は全く歩くことができないほど肥満が進み、宮殿内を移動するにも車椅子を使っていた。 崩御後の棺桶は正方形に近いものだったという。 また、旧友の1人エリザベス・シーモアとは死去するまで親交を結び、エリザベスを戯詩『ウィンザーの予言』で非難したに対して昇進を妨害している。 後継者問題 [ ] 姉メアリー2世夫妻及びアン女王には成人した子がいなかったので、即位前から、後継者問題が生起していた。 先述の通り、アン女王は幾度も妊娠し出産していたが、を患う以外は乳児のうちに夭折していた。 アンには父に従ってフランスに亡命した異母弟ジェームズがいたが、ジェームズは信者であり、プロテスタント中心で、かつカトリックの王による専制復活を警戒する議会勢力は即位を望まなかった。 そこで、ステュアート家の血を引きプロテスタントである唯一の人物、ソフィア(妃、アンの曾祖父ジェームズ1世の外孫にあたる)が注目を受ける。 1700年、唯一成長した王子ウィリアムを11歳で失い、また女王も36歳の直前に17回目の妊娠で男児を死産した。 1701年、ソフィア及びその子孫のみが継承者となるべきことを定めたが議会で制定された。 アン女王が1714年にするとステュアート朝は断絶した。 これに先立ち、6月にソフィアも逝去していたため、その長男(女王の)であるハノーファー選帝侯ゲオルク・ルートヴィヒが英国に迎えられ、として即位した。 ハーレー・シンジョンらは晩年のアンの信任を失いジョージ1世からも見限られていたためホイッグ党の逆襲を受け失脚、ジェームズの王位奪還を目指したのも即座に鎮圧されホイッグ党政権が成立した。 以後、ジョージ1世のでが発達していった。 子女 [ ] アンとウィリアム王子(1694年画) 6回の死産、6回の流産を含め生涯に17回妊娠したが、一人の子も成人しなかった。 女児(1684年) - 死産• メアリー(1685年 - 1687年) - で夭折• アン・ソフィア(1686年 - 1687年) - 天然痘で夭折• 流産(1687年)• 男児(1687年) - 死産• 流産(1688年)• (1689年 - 1700年) - 先天的にを患い、で夭折。 メアリー(1690年) - 生後すぐ夭折• ジョージ(1692年) - 生後すぐ夭折• 女児(1693年) - 死産• 流産(1694年)• 女児(1696年) - 死産• 流産(1696年)• 流産(1697年)• 流産(1697年)• 男児(1698年) - 死産• 男児(1700年) - 死産 系図 [ ] 凡例• :ブルース朝(スコットランド王)• :(イングランド王)• :(スコットランド王)• :ステュアート朝(スコットランド王およびイングランド王)• :(グレートブリテン王) 脚注 [ ]• 『イギリスの大貴族』P99、『イギリス革命史(上)』P265 - P267、『イギリス革命史(下)』P77、P100 - P106、P109、P159 - P160、P208 - P209。 『スペイン継承戦争』P51 - P65、P123 - P126、P131、P181 - P194、P307 - P309• 『スペイン継承戦争』P147 - P149、P207 - P209、P284 - P289、P294 - P297、P332 - P333、P355 - P360。 『イギリスの大貴族』P88 - P90、P98 - P103、『スペイン継承戦争』P30 - P33、P367 - P396。 参考文献 [ ]• 『イギリス革命史(上)・(下)』、2004年。 『イギリスの大貴族』、1999年。 友清理士『スペイン継承戦争 マールバラ公戦記とイギリス・ハノーヴァー朝誕生史』、2007年。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。

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ウィリアム王戦争⇔ファルツ継承戦争アン女王戦争⇔スペイン継承戦争ジョージ...

アン女王戦争

町山智浩さんがの中で映画『女王陛下のお気に入り』について話していました。 「女王陛下のお気に入り」、日本版ポスターがセンスめっちゃ良くて好き — 𝐌𝐢𝐚. 今回は『女王陛下のお気に入り』という映画を紹介します。 これはもうすでに賞レースの中でかなり、ゴールデングローブ賞で主演女優賞を取ったり、あとはこの映画が取るだろうと言われているのはコスチュームデザイン賞。 (赤江珠緒)ええ。 (町山智浩)女王陛下の話ですから。 あとは撮影賞や脚本賞あたりは確実に取るんじゃないか?って言われているような映画なんですよ。 で、どういう映画か?っていうと、二大アカデミー賞女優がいまして。 レイチェル・ワイズという女優さんとエマ・ストーンという女優さん、2人のアカデミー賞女優の対決映画です。 で、一言で言うとイギリス版の百合版『大奥』です。 (赤江珠緒)『大奥』ね! はい。 (町山智浩)『大奥』です。 ただ、お殿様は女王陛下です。 (赤江珠緒)うん! (町山智浩)舞台は1708年のイギリスです。 で、イギリスはその時にスペイン継承戦争っていう戦争をフランスと戦っています。 スペインで王様に跡継ぎがいなかったんで、その血縁であるフランスの王様が「じゃあ次のスペインを継承するのは俺だ!」って言い始めたんで、それをイギリスが阻止しようとしてヨーロッパ全土を巻き込むような大戦争になったんですね。 (赤江珠緒)うん。 (町山智浩)でも、その当事者であるアン女王は全然状況がわかっていないんですよ。 (赤江珠緒)じゃあこれは完全に実話をベースにしているお話ですか? (町山智浩)そうなんです。 実際にあった話で。 このアン女王がすごく贅沢なものを買おうとしている買い物のシーンがあるんですね。 で、側近の人に「いま、我が国は戦争中ですから、そのような贅沢はちょっと……」とか言われると「えっ? 戦争してるんだっけ?」って言うんですよ。 (赤江珠緒)おっとっと……。 (町山智浩)そういう人なんですよ。 お嬢さんで、全く世間を知らないんですよ。 政治とか全然わかっていないんですよ。 で、イギリスって非常に優れた政治家の女王が何人かいますよね? たとえばエリザベス一世とか、イギリスをあれだけの大国にした偉大な政治家がいたわけですけども、このアン女王という人は全く本を読まない人なんですよ。 (赤江珠緒)ふーん! (町山智浩)で、政治や社会に全く興味がないし、そういったものを見ようともしない人だったんですね。 (赤江珠緒)あらら、向いていないですね。 (町山智浩)そう。 ただのお嬢さん。 たまたま王家の血の人だから女王になったんですけど、そういう資質のある人ではないんですよ。 でも、しょうがないんですね。 他にいないから。 (赤江珠緒)困ったもんですな。 (町山智浩)困ったもんなんですよ。 で、ワガママばっかり言って、甘い物ばかり食べているんですごく太っていて。 いま残っている肖像画だと結構痩せているように描かれているんですけど、実際にはものすごく太っていて。 亡くなった時、棺桶の縦と横が同じ長さだったって言われていますね。 (赤江珠緒)ええーっ!? (山里亮太)正方形? (町山智浩)そう。 だから一歩も歩けなかったんですよ。 この映画ではまだそこまで行っていない状態だったんで。 でも、痛風になっちゃっていて、ほとんど歩くことができなくて。 車椅子じゃないと移動できないし、王宮の外には全然出れないという感じになっていますね。 で、ただ結構この人はかわいそうで。 この人、演じている女優さんはオリビア・コールマンっていう女優さんなんですけども。 この人、あんまり知られていない人なんですけど、このアン女王の演技でゴールデングローブ賞の主演女優賞を取りましたね。 (山里亮太)へー、いきなり。 (町山智浩)というのはこの人、実際にはかわいそうな人なんですよ。 この人、いっつもね、「私はどうせブスでバカでデブだってみんな、思っているのよ!」って言っているんですよ。 (赤江珠緒)コンプレックスがすごくある人なんだ。 (町山智浩)すごいんですよ。 わかっているんですよ。 で、召使いの人がちょっと見ただけで「いま、私を見ていたでしょう? 私を見て、バカにしていたでしょう!」とか言っているような人なんですよ。 (赤江珠緒)ああ……。 (町山智浩)ちょっとかわいそうなんですよ。 しかもね、その女王陛下の部屋にはウサギがたくさんいるんですよ。 ウサギがいっぱいいて、そこらじゅうウサギのウンコだらけなんですよ。 (赤江珠緒)なぜに? (町山智浩)それはね、ウサギが17匹いるんですけど、「17」というのはこの人が産んで死んでしまった子供の数なんですよ。 (赤江珠緒)えっ、17人も? (町山智浩)17人も。 流産、死産、あとは体が弱くてすぐ死んじゃったとかで17人の子供が死んでいるんですよ。 (赤江珠緒)ええーっ? (町山智浩)なんというか医学的な問題があったらしいんですけども。 で、「跡継ぎを産まなきゃならない」って言われているのに全然産めないまま、旦那さんも死んじゃっているんですよ。 (赤江珠緒)あらー……。 (町山智浩)だからものすごいトラウマだし、ちょっと想像がつかないですよね。 17人も子供が死んじゃうトラウマって。 で、精神も破壊されているし、誰も味方がいないんですよ。 で、いつも駄々をこねて「うわーっ、やだやだ!」とかってジタバタ、本当に子供みたいに手足をバタバタさせているという、非常に困った状態があるわけですね。 (赤江珠緒)そういう人がトップって、困った感じですね。 本当に。 (町山智浩)そこでもう1人、彼女のブレーンがいるんですね。 それがサラ・チャーチルという公爵夫人かな? 貴族のご婦人なんですけど、それがレイチェル・ワイズさんというアカデミー賞女優さんが演じますけども。 この人がアドバイザーとしてこの女王についているんですよ。 この人はね、チャーチル首相の祖先ですね。 (赤江珠緒)ああ、そうですか。 (町山智浩)で、この人はすごく政治的な才能があって、全部わかっているから彼女のかわりに考えて。 で、アン女王はこのサラさんの言う通りになにもかもしているんですよ。 (赤江珠緒)ふーん! じゃあ、影の支配者みたいな? (町山智浩)そう。 黒幕みたいな存在なんですよ。 で、このレイチェル・ワイズさんという女優さんも実際にケンブリッジを出ている人ですからね。 ものすごい頭がいい上にこの人、この顔で48歳ですからね。 (赤江珠緒)おおーっ! (町山智浩)美魔女なんですよ。 しかもね、この映画の中ではみんなすごいドレスを着ているんですけども。 当時の大きいイギリス貴族のドレスを。 でも、この人だけはそういうのも着るんですけど、ほとんど男装ですね。 パンツルックが多いんですよ。 That makes it unusual. 馬も乗れるし、狩猟もするし、かっこいいんですよ。 だから凛々しい感じ。 もし日本でこれをやるんだったら、天海祐希さんとかがやったらすごくいい感じですね。 (赤江珠緒)ああ、なるほど、なるほど。 (町山智浩)声も男声だし、しゃべり方もナヨナヨしてなくて。 「そうじゃないですね」みたいな感じなんですよ。 (山里亮太)宝塚の男役的な? (町山智浩)そうそう。 アン女王に対しても「あなたのことを『ブス』だの、そんな風に言うのは私だけですからね」とかっていう感じでズケズケとなんでも言っちゃう人なんですよ。 (赤江珠緒)へー! (山里亮太)女子もキュンときちゃう感じの。 (町山智浩)そう、それで女王は言いなりなんですね。 で、そこにもう1人、やってくるんですよ。 それがエマ・ストーンという『ラ・ラ・ランド』でアカデミー主演女優賞を取ったあの女優さんがアビゲイルという名前の女中さんとしてやってくるんですね。 (赤江珠緒)うん。 レイチェル・ワイズVSエマ・ストーン (町山智浩)で、このアビゲイルはサラさんの従姉妹なんですけども。 お父さんが失敗してお金をなくしちゃって、売られてきちゃった人なんですよ。 没落して。 で、とにかく一銭もない状態で王宮に下働きとして入ってくるんですね。 で、徹底的にいじめられるんですよ。 (赤江珠緒)サラさんに? (町山智浩)全員に。 いちばん下だから。 だから馬糞だらけの泥に顔から突っ込まれたりね。 あと、「これで洗っておいて」って洗剤を渡されて、手を突っ込むとそれが苛性ソーダで手がブワッと溶けたりとか。 (赤江珠緒)ええっ! (町山智浩)まあ、その頃は苛性ソーダを掃除に使っていましたんで。 素手で触っちゃダメですけどね。 そういう、もうひどいいじめにあうんですよ。 で、男の貴族とかもすごい嫌なやつばっかりで。 彼女を地位が低いからって蹴って崖から突き落としたりするんですよ。 (赤江珠緒)もう人でなしばっかりじゃないですか。 (町山智浩)人でなしばっかりなんですよ。 で、ものすごいどん底にそのアビゲイルが落ちていくんですけども、そのへんのいじめ、いじめの連続は『キャンディ・キャンディ』的なんですよ。 (赤江珠緒)ああーっ! なるほど! (町山智浩)シンデレラというかね。 あと昔、『愛少女ポリアンナ物語』っていうテレビアニメがあったの、覚えていますか? (赤江珠緒)はい。 よかった探しをするポリアンナ。 (町山智浩)そうそう! よかった探しのポリアンナ! ああいう感じ。 よく覚えてましたね。 ポリアンナとか、あとは『小公女セーラ』とかあったでしょう? (赤江珠緒)『小公女セーラ』もね、途端にいじめられるっていうの、ありましたね。 (町山智浩)あれもお父さんが没落したか死んだかで一銭もなくなっちゃって、孤児になっちゃったセーラさんが孤児院で廊下をゴシゴシゴシゴシ、こすらされる話だったでしょう? まったくそうなんだけど、その廊下をこすらされる時に苛性ソーダでやらされるんですよ。 ひどい世界がずっと続いているんですけど。 で、これでアビゲイルがどうしようもないだろうって思って見ていると、ある日偶然アビゲイルは女王陛下の秘密を知ってしまうんですよ。 (赤江珠緒)うん。 (町山智浩)それは、まあアドバイザーのトップのサラさんと実は同性愛関係にあって、エッチをしている現場を見ちゃうんですよ。 (赤江珠緒)ああーっ! ふんふん。 (町山智浩)で、その秘密を知ったアビゲイルがそれを利用してこの王宮でのし上がっていくっていう物語なんですよ。 (赤江珠緒)はー! なかなかドロドロしていますね! (町山智浩)これね、ドロドロしている女同士の戦いで、これを「『大奥』だ」って言ったのはそういうことなんですよ。 だから『大奥』でも、わからないけどレイチェル・ワイズさんがやっているのはお局様みたいなものですよ。 (赤江珠緒)そうか。 その寵愛を得るためにいろいろと……っていうことですか。 (町山智浩)そう。 女王陛下の寵愛を得るために……っていう感じで。 だから今度はアビゲイルが女王陛下を誘惑するっていう作戦に出るわけですね。 レズビアン的に。 これ、すごい映画でね、エマ・ストーンってもうアカデミー主演女優賞を取ったんだから、もうすごいトップに上がっちゃっているのに、すごい攻めているんですよ。 このエマ・ストーンが。 Emma Stone got a nomination as Best Supporting Actress for her role in 'The Favourite'! — emma stone daily dailyemmastone (赤江珠緒)へー! (町山智浩)素っ裸になっていますよ。 この映画の中で。 で、それをレイチェル・ワイズが見てびっくりするっていうシーンがあるんですよ。 そのシーン、本当にびっくりしているんですよ。 というのは、脚本に書かれていないのにエマ・ストーンが「私、脱ぎます!」って言って監督は「いや、そんなことする必要ないのに」「私、脱ぎます!」っていうことで、エマ・ストーンが自分から脱いじゃっていて。 (赤江珠緒)えっ、そうだったんですか! (町山智浩)そう。 で、レイチェル・ワイズには知らせないでそのシーンを撮ったんで、レイチェル・ワイズは本当にエマ・ストーンが素っ裸になってびっくりしているのを撮られているんですよ。 (赤江珠緒)はー! なるほど! (山里亮太)本当のリアクションだ。 本当だったら。 (町山智浩)そうそう。 「すいません、ドッキリでした!」っていう。 そういう映画になっているんですよ。 結構すごいですね、これね。

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