千と千尋の神隠し 食べるシーン。 千と千尋の神隠しのおにぎりのシーンについて教えて下さい。おにぎりのシー...

千と千尋の神隠しで使われている、あの日の川あの夏へ について...

千と千尋の神隠し 食べるシーン

湯婆婆は 「働きたいものには仕事をやるという誓い」を立てているため、湯婆婆とてその誓いを破ることは出来ないようです。 魔女はもしかしたら、何かを始める時に大きな誓いを立ててそれを守らねばならないという世界の絶対的決まりがあるのかもしれませんね。 その後湯婆婆にハクが呼ばれ、ハクにより千尋の働く場所へ連れて行きます。 千尋は安心してハクに話かけますがハクは、先程までとは打って変わり 「話しかけるな。 私のことはハク様と呼べ」と千尋に冷たく接します。 千尋の働く所属先を決めることになりますが、湯屋では「人間臭い」とみんなから煙たがられますが、最終的に手下を欲しがっていたとのことで リンの元に千尋は行くことになります。 みんなの手前、「人間の千尋を受け持つこと」を嫌がっていた素ぶりを見せていたリンでしたが、本当は千尋の身を案じていたようです。 「お前上手くやったなぁ!お前どんくさいからさ、心配してたんだ! 油断するなよ、わかんないことは俺に聞け。 な?」と千尋に話かけ頼もしくそして優しく受け入れてくれます。 リンの優しさに千尋は一気に一日の緊張の糸が解けたのが、足がフラフラしたり、気持ち悪くなってしまいます。 ハクも湯婆婆や皆の手前「千」として厳しく接したのでしょうが、千尋としては突然の彼の冷たい態度に不安になったり、この先の不安、恐怖もあっただろうな〜と思います。 そこに思いがけない、リンの笑顔や対等に接してくれる(千尋を仲間として受け入れてくれる)その優しさに、千尋はホッと安堵したのかなと思います。 夜も布団で震えていて全く寝れていないと思われる千尋ですが、早朝ハクからこっそり「 橋の所へおいで。 お父さんとお母さんに会わせてあげる。 」と言われます。 そして、千尋はこっそり布団を抜け出し、ハクの約束の場所まで走ります。 そしてハクと花道を抜けると豚舎が・・・。 そこで、千尋は豚になってしまった両親を見て、ハクからのおにぎりを千尋が食べて大号泣するというシーンに繋がるわけです。 千と千尋の世界は四季がぐちゃぐちゃの世界 千と千尋の神隠しこの不思議な世界では「アジサイ」「ツツジ」「ウメ」「ツバキ」が同時に咲いています。 花に詳しい人なら一目瞭然なのかもしれせんが、実はこの花たちは 同時に咲くことはない季節の花なのです…! 千と千尋の神隠しの世界では、春夏秋冬がぐちゃぐちゃです。 神様のいる世界なので、「時間」「季節」とかそういう価値観、感覚は存在しないのかもしれません。 美しいものを何時でも見れて、いつでも過ごしやすい気候なのかなと思います。 やっぱり、神様たちには苦痛や不満とはやっぱり別次元の世界で生きていてるようなイメージがありますし・・・!(そうであって欲しい) それから、ハクの通り道の花と千尋が通る花道が、同じ道のはずなのに何となく中の色が違うんです。 不思議ですよね。 若しかしたら、見た者が望む花が映し出されるのかもしれません。 千尋はどうしてハクのおにぎりで泣いたの これは一言では言い表せない・・・今までの色んな、複雑な気持ちが感極まって溢れた涙なんだろうなと思います。 両親はやっぱり 豚になってしまったというリアルな悲痛な現実• お母さん、お父さんに会いたいという気持ち• この先ずっとこのままかもしれない 絶望感• 忘れかけていた自分の名前を思い出したことで蘇る、平和だった時の今になって分かる 尊い楽しい思い出• 仕事の不安や人間だから除け者にされていびられる日々の 不安• ハクの無償の愛、優しさへの 感謝と嬉しさと安心感• 弱い千尋の部分も全部を許し受け入れてくれるハクの優しさ 千尋はここまで、知らない世界、知らない人たちしかいない環境で、弱音も吐かず何を言われても我慢して耐えてきました。 千尋って、ぼやっとしていて表情があまり豊かではないので平気そうに見えるけれど・・・9歳の女の子。 冷たくされたり、仲間外れにされれば悲しいし、お母さんにだって会いたい。 でも湯屋では周りが知らない人ばかりだし、両親の身の安全のこともあって、反抗せずに、そしてお仕事がなくならないように泣かずに一生懸命振舞っていたのかもしれません。 ハクはこの世界で唯一、「千尋の事情を知る」存在です。 そしてハクには千尋は「千」ではなく「千尋」として話せる特別な人です。 だからこそ、千尋は胸の中にあった大きな悲しみも、感謝も、不安も全部をハクにはさらけ出せてしまうのかもしれせんね。 そんな 千尋とハクの2人はこの世界では「唯一分かり合える」特別な関係なんだと思います。 ハクのおにぎりに込められたおまじないについて おにぎり・おむすびの意味 そもそも、私たち日本人が小さい頃から慣れ親しんでいるおにぎりって一体なんなのでしょう・・・とおもって意味を調べてみました。 おにぎりは【鬼斬り=不浄や禍から遠ざける】おむすびは【お結び=良い縁を結ぶ】という意味があるのだそう。 また、おむすびに関しては古事記に出てくるらしい「結びの神様」が語源であり 、おむすびの「び」は魂の意味もあるとのこと。 このことから、転じて 魂を込めたものという意味がおむすびにはあるそうです。 千尋の食べたおにぎりにはハクの真心と優しい魂が込められていたのかもしれません。 ハクの優しさ …プライスレス …。 おにぎりついて参考 千尋を元気付けたハクのおにぎりにこもった3つの真心 ハクのおにぎりはみている限りだと、具なしです。 でも、食べるならちょっとは白米に味欲しいし、塩おにぎりなのかな。 ところで、ハクは千尋へのおにぎりをまじないをかけて作ったって言ってましたよね。 千尋の元気が出るようにまじないをかけて作ったんだ。 お食べ。 つらかったろう。 私これ千と千尋をみた小学生の時から思ってたのですが「 おにぎりには魔法のような特別なまじないなんて実はかかってない」のでは …と思っています。 普通のおにぎりだけれど、ハクが真心と想いを込めて千尋のために朝早くから台所で握った心のこもったおにぎりなんじゃないかなって。 魔法はいつか消えてしまうまやかしのようなもの。 楽にいいことを手に入れても心に残らないし結局は何も得られない。 魔法で千尋が一瞬元気になっても、効果が切れてしまったら反動でもっと悲しくなってしまうかもしれません。 いつでも白は千尋の側にはいてやれないし、助けてあげられない。 元気になるきっかけは誰かの励ましでも、 「本当の意味で自分を助けて元気にさせられる」のは、自分自身の心の在り方なのかなと思います。

次の

食べて涙があふれる場面に胸を打たれる~「千と千尋の神隠し」のおにぎりと「凪のお暇」のポッキー、そして「アンナチュラル」

千と千尋の神隠し 食べるシーン

世界中で大ヒットを飛ばしたジブリ映画『千と千尋の神隠し』。 あのプニプニは「台湾グルメの肉圓(バーワン)」だというのである。 だがしかし! 私・沢井メグは思った。 「あのプニプニは私の知ってる肉圓じゃない」と! 気になって調べたところ、衝撃の事実が判明。 結論からいうと、 プニプニは肉圓ではなかった。 繰り返す、プニプニは肉圓ではない!! 詳細は以下のとおりである。 ・お父さんが食べているのは『肉圓』? そもそも『肉圓(バーワン)』とは何なのか? 肉圓とは、台湾のB級グルメで、サツマイモ粉などで作られた皮の中に、豚肉をメインとした餡(あん)が入っているものだ。 調理方法はいくつかあるが、蒸したものは、葛餅みたいに半透明でプルンプルン。 謎のプニプニっぽいと言えなくもない。 だがしかし! 肉圓の皮にはそれなりに厚みがあり、お箸で持ったところであんなにテロ~ンと伸びたりはしない。 千尋パパみたいに「じゅるッ」とすすって食べるものでもない。 私も年に何度も台湾に行くが、あんな肉圓は見たことない。 念のため、台北出身や台湾通の友人に聞いてみたところ、「(肉圓とは)まったく思わない!」「バーワンってこんなにデローンとならんでしょ」とのことであった。 ……やっぱり怪しい。 ・台湾メディアも疑問視 「謎のプニプニ=肉圓説」が、広く拡散したのは2014年頃だ。 しかし、拡散元となったと思われる日本の記事には根拠が示されていなかった。 その点について、台湾メディア『ET Today』は、このように指摘を入れている。 「九份が日本人観光客に人気なのは、『千と千尋』の舞台だと言われているからだ。 しかし2013年に宮崎監督がインタビューで(九份が舞台であることを)ハッキリと否定している」 「このことから、プニプニが肉圓であるかどうかも、いまだ証明されていないと言えるのだ」 つまり、信憑性が薄いということ。 また、日本の記事では、日本で肉圓が提供されている店が紹介されていたため、「店の宣伝だと疑わない方が難しい」とさえ言っているのだ。 これは手厳しい。 けど……ますます怪しい。 ということで、スタジオジブリの広報に問い合わせてみたぞ! ジブリサイドも、肉圓説がネットで拡散しているのも把握されているそう。 それも踏まえて、とても丁寧な答えが返って来た。 「特定のものではないんですね」 つまり、「特別に肉圓をモデルにしたわけではない」というのだ。 ……違った。 公式の回答は、「謎のプニプニ=肉圓」ではなかったのだ。 では、肉圓説は一体どこから来たのだろう。 また、 宮崎駿監督は台湾に行ったこともないという。 ……そうなのか! 好きな作品なら、「ここが聖地かも!」「これがモデルかも!! 」と想像するのは楽しいもの。 今回の件はそんなワクワクが、一人歩きしてしまった結果だと言えるかもしれない。 参考リンク: 執筆: Photo:Rocketnews24..

次の

千と千尋の神隠しの好きなシーンと好きな曲(好きな音楽)は?【好きすぎるファンの生の声を紹介(好きな場面)】

千と千尋の神隠し 食べるシーン

今日はネットロアらしい都市伝説の話を。 実は千と千尋の神隠しには、「幻のラストシーン」があり、それは映画館で数日しか公開されず、カットされたという都市伝説です。 その「幻のラストシーン」は以下の通り。 ・千尋が車の中で来る前に着けていた髪留めが銭婆から貰った髪留めに変わっていることに気が付き不思議がる 何故かは覚えていない ・新居に向かう途中、丘から引っ越し業者が既に到着しているのが見え母親が「もう業者さん来ちゃってるじゃないのー」と父親に怒る ・新居に到着後、引っ越し業者の1人から「遅れられると困りますよー」と注意される ・千尋が1人何気なく新居の周りを歩いていると短い橋の架かった緑ある小川があることに気付く ・橋から川を眺めていると千尋は一瞬ハッと悟ったかのような状態になりこの川がハクの生まれ変わり、新たな住み処であることに気付いた?かのように意味深に物語が終わる まあ、普通に考えれば、ジブリ規模の全国公開する映画が、わずか数日で編集しなおす、なんていうことはないはずですし、もしそうだとしたら、もっと記録に残っていていいはずなので、これが都市伝説なのは間違いないです。 しかし、不思議なのは、私自身も、この「幻のラストシーン」のくだりを読んだときに、「あれ、なんか見たことあるな」という気分になったことです。 そして、この「なんか見たことある」現象は多くの人の間に広がり、一部では「これが真実だ!」となっているわけです。 というわけで本日は、この千と千尋の「幻のラストシーン」に関しての、ちょっとした妄想的考察を書きたいと思います。 このウワサの出所元は、日付検索をかけていくと、恐らく2014年11月21日の2chへの書き込みと思われます。 これ以前の日付で、、ハクが八つ裂きにされたんじゃないかという話しか出てこないので、ここがネタ元と見て間違いないでしょう。 2001年公開の作品なので、2014年に突然「幻のラストシーン」が見つかる、というのは非常に考えにくいです。 ところで、この 2014年11月21日という日付はとても大事なのですが、実はこの日、金曜ロードショーにて、「千と千尋の神隠し」がノーカットで放送されたんですね。 平均視聴率も19. 6%と、かなり高い数字だったことも記録に残っています。 なので、この頃のtwitterを眺めると、この千と千尋のラストシーンに関する言及が多く見られます。 千と千尋、ラストもうちょっと続きのシーンなかったっけ?引っ越し業者が先に着いちゃってるとことか。 車中のシーンとか。 つまり、「幻のラストシーン」に関するまとめが、 金曜ロードショーでの放映当日に流れることで急速に拡散されていき、ひとつの都市伝説として定着していった、という経緯なのだろうと予想できます。 しかし、この「幻のラストシーン」、どうして、こんなにも「なんか見たことある」気にさせられるのでしょうか。 これは私の妄想的考察になりますが、「なんか見たことある」気持ちになるのは、この「幻のラストシーン」の記述は、全て、 映画に実際に出てきた場面の寄せ集めだからではないでしょうか。 そのことがよくわかるのは、この「幻のラストシーン」について、twitterや書き込みでは、「全くその通りだ」というよりも、「 引越し業者のくだりはなんか覚えている」と言う方が多くいることです 「幻のラストシーン」の都市伝説は、こういう記述になっていますね。 ・新居に向かう途中、 丘から引っ越し業者が既に到着しているのが見え母親が 「もう業者さん来ちゃってるじゃないのー」と父親に怒る この「丘から~」という映像自体は、実は冒頭、タイトルの出る直前にあります。 母親が車の窓を開け、風が吹き込み、千尋が外を見やった後、カメラがあがっていき、まさに「丘」の絵が映ります。 そして、タイトルが出た後、千尋たちの車が丘をのぼっていきます。 また、別のシーンでは、トンネルの入り口まできた千尋のお父さんが、「ちょっと行ってみない?むこうへ抜けられるんだ」と言った言葉に対して、お母さんが不機嫌そうに答えます。 引越センターのトラックが来ちゃうわよ。 この2つのシーンが組み合わされば、上記の「丘から引っ越し業者が既に到着している」のを見た母親が「「もう業者さん来ちゃってるじゃないのー」と父親に怒る」シーンは完成しないでしょうか。 だからこそ、この「引越し業者」というくだりは、「なんか見たことある」既視感を植えつけるのではないでしょうか。 他のものも検証していきましょう。 ・千尋が車の中で来る前に着けていた髪留めが銭婆から貰った髪留めに変わっていることに気が付き不思議がる 冒頭数分間は全て車中の出来事です。 そしてラストも車中から遠ざかるトンネルを眺める視点から、車が走り去っていくカットで終わります。 ラストは「車の中」は映し出されませんが、明らかに車に乗っている表現は記憶に残ります。 そこで冒頭とラストの記憶の混同が出てくるのではないでしょうか(不思議がるシーンは出てこないのですが、千尋はよく不思議がってはいます)。 ・千尋が1人何気なく新居の周りを歩いていると短い橋の架かった緑ある小川があることに気付く 小川のシーンは一つだけあります。 家族でトンネルを抜け、野原の先へ進むシーン。 お父さんが「川を作ろうとしたんだね」と発言しています。 そして、橋に関しては、湯屋へつながる赤い橋が印象的ですね。 「緑ある」小川、というのは、この川のシーン前後の、風に揺れる野原の様子から連想されるものではないでしょうか。 ・橋から川を眺めていると千尋は一瞬ハッと悟ったかのような状態になりこの川がハクの生まれ変わり、新たな住み処であることに気付いた?かのように意味深に物語が終わる 橋から川を眺めるシーンは正確にはありませんが、欄干(のような場所)から海を眺めるシーンは存在します。 川の神様を引き入れた後、リンと千尋が部屋で話すシーン。 ちょっと話は変わりますが、ジブリには「引越し」から始まる映画がもう一つあって、『となりのトトロ』も、引越しの車に家族全員が乗っている、というシーンから始まります。 で、実はトトロにも、小川を覗き込むシーンがあります。 これは、引越し先についたすぐ後に、サツキが「メイ、橋があるよ」といって、覗きこむシーンです。 『千と千尋』を見た人が『トトロ』を見ている確率は結構高いと思うので、このシーンが記憶に引っかかっている、ということもないでしょうか。 そして、「ハッと悟った」というところですが、結構千尋は「ハッと」していて、特に、ハクの背中にのっている時に千尋が自分の過去を思い出すシーンは有名じゃないでしょうか。 この絵も、「ハッと悟っ」ているようにも見えます。 というように、この「幻のラストシーン」の記述は、『千と千尋』で出てきた場面をつなぎあわせたようにも見えます。 特に、「引越し業者」のくだりは、何気ないセリフなので見過ごしがちですが、これは冒頭に出てくるセリフであり、千と千尋の物語構造において、冒頭とラストが対の関係になっていることを考えると、ラストと混同してしまう、ということはない話でもないような気がします。 私は心理学の専門家ではないので、今回の私の妄想がどこまで人間の心理的に有効なのかはわかりませんが、古来から言われている、「マコトらしきウソをつくなら真実をまぜろ」というような手法のようにも思えます。 もし仮に、この都市伝説を広めた人が意図して行ったとしたら、それはそれは、大成功を収めています。 これだけ考えても、それでもやっぱり、「なんか見たことある」気分が抜けないのですから。 人の記憶はまったく、あてにならないものですね。

次の