幸せ では ない が もう いい。 人生もう幸せだった。 もういい笑 なんて思ったことないですか?? 私

どうすればいいのかわからない…もう限界。人生が辛くて疲れてしまったら?

幸せ では ない が もう いい

こんなことをいうと、ポカンとしてしまう方が多いとは思いますが、いっておきましょう。 そもそも、幸せって「 なれる」ものではないんですよ。 だから、• 幸せになる• 幸せになりたい といった表現自体が 意味のないものです。 他所様のことを とやかくいうつもりはありませんが、これをわからずに「幸せに なるためには」の類のことを語るのは、人々を惑わし望ましくない方へ導いてしまっているといえます。 幸せを語る以前の問題で、スタートラインにすらついていません。 もちろん、悪意はないのでしょうが、あなたにとってよろしくないことに変わりありません。 「幸せに なる」という表現を見かけた段階で、スルーしてしまうことをおすすめします。 何一ついいことはありませんからね。 少なくとも、 ご縁があって今これをご覧のあなたには、お伝えしておきたいことがあります。 幸せとは なるものではなく、 感じるものです。 人生とは、それをくり返し、積み重ねていくものだということです。 では、「幸せに なりたがると幸せに なれない理由」を解説しましょう。 前おきがハッキリと理解できた方は、お気づきになったかもしれませんね。 「なりたがろうがなんだろうが、幸せってそもそも なれないって話じゃないの?」 という感じで、ピンときましたか? 聡明な方ですね。 ご名答です。 でも、今回はそれでは話が 終わってしまうので、百歩譲って なれると仮定した場合のお話をしましょう。 つまり、 なりたがると 遠ざかる理由というものですね。 まず、一つ目です。 (ということは、二つ以上あるってことか) 幸せになりたがるということは、 今自分が幸せではないことを認めている わけです。 これは大きいですね。 デメリットだらけです。 宇宙のどこかで誰かが「あなたは幸せです」とか決めているなどということはありません。 すべて自分が 感じた結果でしかありません。 ということは、どんな要因があろうとも、 その人が「自分は幸せではない」という感じ方をする人だということです。 第三者から、「幸せそうだ」ななどと見られることは間違ってもありません。 反対に、あなたが誰かを見たときのことを思い浮かべてみましょう。 幸せそうにしている人• 不満だらけでネガティブの塊のような人 のどちらに好印象を持ちますか? ね? 幸せになりたがる人って、周りから どんなふうに見られているかを考えるとわかりますよね。 明らかに丸損です。 自らよいことを はねのけているようなものです。 そして、もう一つの理由。 これがけっこうわかりづらい方が多いので、気合を入れ直してください。 「なりたがる」というときの「 ~したがる」という部分に秘密があります。 宇宙は それ自体をあなたの願望だととらえて、それが叶うようにはからいます。 つまり、 なりたがりたいのなら、いつまでもそうさせてあげましょう というふうに仕向けます。 (実際は 無意識にあなた自身がやっているんですけどね) 叶ってしまっては、もう幸せに なりたがれません。 だから、無意識に幸せを感じられないことにばかりフォーカスし、自分を被害者の立場に追い込むのです。 そうすれば、いつでも なりたがっていられますからね。 なりたがる人って、本当はその状態が好きなんですよ。 叶ってしまい、その好きなことが もうできなくなってしまうことを無意識に避けているのでしょうね。 どう考えても本人にそのつもりはないようですが(笑) 以上、二つの理由から、幸せになることができないということです。 ですから、その二つの逆を考えればいいわけですよ。 不足に意識を向ける 今ある幸せに 感謝する• 幸せになりたがる 幸せを 感じる 不毛なことをし続けることに比べれば、この程度のことは 容易いことのはずです。 蛇足ですが、「よくわからん」という方へ最後の手段を。 幸せなんて決められているものではなく、自分の 幸せを感じる力の結果にすぎない。 幸せでないと思うなら、能力不足を謙虚に認め、 感じる力を高めようという努力をするべきだ。 この二つのことをくり返し、 声に出してつぶやいてみましょう。 腑に落ちるまで 何度でも、何度でも。

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引き寄せの「今、幸せになればいい」ができない理由

幸せ では ない が もう いい

「引き寄せたいけど、今幸せになれない…」 まず、 「そもそも、『今幸せになる』という言葉の意味がよくわからん…」 という方は、 「今ある幸せを大切にする、今ある幸せをしっかりと感じる」 などに言いかえると、わかりやすいと思います。 今ある幸せをしっかり感じる…なぜそれができないのでしょうか? この理由のひとつとして、 「今幸せを感じてしまったら、 『今、じゅうぶん幸せで満足だし、願いなんて叶わなくてもいいや~』 ということになってしまうのでは?」 というものがあげられます。 今に満足すると、「叶わなくていい」と思ってしまう。 叶わなくていいなどと思ってしまっては、当然叶わなくなってしまう。 だからそう思ってしまわないように、今幸せを感じないようにしておこう、今満足しないようにしておこう…ということですね。 ただ私、 「今幸せを感じて満足すると、叶わなくていいと思うようになる」 というところが不思議だな~と思います。 「幸せや満足って『他への活力』になることはあっても、『他への諦め・無気力』になることはないのでは?」 と思うんです。 あなたが「今幸せ」になると、次はどうなる? たとえば、あなたが誰かからとっても素敵なプレゼントをもらったとしますね。 あなたはめっちゃくちゃ嬉しくて、大満足!!したとします。 このとき、 あなたは「今幸せになる」ができています。 では、そうして「プレゼント嬉しい~!!」と思うと、次はどうなるでしょうか? 普通は、 「よっしゃ、やる気が出てきたぜ。 もう、仕事がうまくいかなくてもいいや~」 となるでしょうか? そういうことって、ないと思うのですが…。 あるいは、ふだんの生活の中でときに「今日はこれを頑張るぞ!」という日もあると思います。 そういう日にあなたは、 「これをする活力が失われてしまわないように、 他のところで喜んだりしないようにしておかなきゃ…」 と、喜びを感じないように気をつけて過ごしているのでしょうか? むしろそういう日って、 「あーあ、なんか良いことないかな? 良いことがあれば、これももっと頑張ろうって気になるのになぁ~」 と、他のところに良いこと (喜び)を求めるのが普通ではないでしょうか? そうして「他に良いことないかな」と思うのは、 その喜びが自分の活力になるとわかっているから で すよね。 喜びが自分の無気力につながるなら、良いことがあってほしいなどとは思わないはずです。 これが、 「幸せや満足が『他への活力』になることはあっても、『他への諦め・無気力』になることはない」 ということです。 「今幸せを感じて満足すると、叶わなくていいや~と思うようになる…。 あれ?よく考えるとそれ…、おかしくね?」 そう気づくと、その認識を捨てやすくなり、今幸せを感じやすくなると思います。 今 (プレゼントに)幸せを感じたことで、他のことでも (仕事でも)幸せを得られるようになりましたね。 これが引き寄せでよく言われる、 「今幸せを感じると、のちに他の幸せもやってくるようになる」 ということです。 「プレゼント」と「仕事が早く終わる」だとスケールが小さいですが、 スケールが大きくてもこの要領です。 しかし引き寄せで言われているのは、 「満足しましょう」 ということです。 「慢心しましょう」 とは、言われていません。 満足と慢心を同じような意味にとらえていると、 「慢心なんてしたくない!」という反発が生まれて、今に幸せを感じにくくなります。 「満足と慢心」の2つを明確に区別すると、 今に幸せを感じやすくなると思います。 引き寄せの「今幸せになれ」は「今妥協しろ」でもない あと、 「満足と慢心」を同じような意味にとらえる方がいるのと同じ感じで、 「満足と妥協」を、同じような意味にとらえてしまう方もいらっしゃいます。 「今に幸せを感じましょう」 と言われたとき、 「今の幸せで妥協しましょう」 「今の幸せで我慢しましょう」 と言われたようで、嫌な気持ちになる方がそうです。 じゃあ、その嬉しいって気持ち、大切にしようね!」 ということです。 「プレゼントもらって嬉しいんだ~。 だったら、他の嬉しさなんてなくてもいいよなぁ?」 なんてことは言っていません。 「今に幸せを感じるとは、今で妥協しておくということだ」 という認識がある方は、今に幸せを感じづらくなります。 しかしこういう方も、別に今に幸せを感じる能力がないわけではありません。 「なーんだ。 『嬉しいって気持ちを大事にしようね』って言ってるだけかー。 妥協はしなくていいんだー!」 と気づけば、今に幸せを感じられるようになるはずです。 引き寄せの「今に幸せを感じる」が、できない人はいない 今に、幸せを感じることができない人はいません。 本当は幸せを感じられるけど、感じまいと抵抗しているから、感じない。

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幸せになりたがると幸せになれない理由

幸せ では ない が もう いい

* 幸せになりたい!と心から思っていればそれはすぐに叶います。 でも、そうじゃないってことは「幸せになりたくない私」が心の中にいるのです。 その正体を暴きつつ、どうしたらいいのかに触れていきます。 * 2回に分けようと思ったんだけど、明日までお待たせするのもじらしてるみたいで嫌だし、ええーい!と公開してしまいました。 ので、長いですよ。 いつも以上に(笑) * 「幸せになりたい」というご相談を日々いただくわけなので、まずは自分が幸せじゃないといけなよね!と、誘惑物に駆られたときに言い訳している根本です。 さて、カウンセリングやセミナーではちょくちょくこの話をしているのですが、どうも私たちの心の中には「幸せになりたい!けど、なりたくない!」という魔物(俗にいうエゴ)が潜んでいるようです。 あれこれやったけどうまくいかなかった。 毎日自分をほめたけど全然変わらない。 転職したけれど、職場の環境は依然と同じ。 毎年どんどん仕事がハードになっていく。 恋愛してても退屈してしまう。 なんで、こんな男(女)ばかりと出会うんだろう? 夫(妻)はどんどん言葉の暴力がひどくなっていく。 なんて思っている皆さま。 もしかしたら「幸せになりたくない症候群」にり患してる可能性はありませんか? 場合によっては重篤な場合もあるかも!? さて、顕在意識では「幸せになりたい」と思っているのに、それこそ神社で柏手打って真剣にお願いごとをするくらいなのに、潜在意識では「幸せになんかなりたくねーよ」って思っている皆さま。 どんな心理がそこにあるのかを見ていくことにしましょう。 1.罪悪感ストーリー 「幸せになれない」というよりも、もっと積極的に「幸せになってはいけない」と自分を責めることに今世をコミットしている皆さまです。 「自分は幸せになる資格がない」とか「自分なんかが幸せになれるわけがない」と自分を罰することに精力を傾けているんです。 ただ、この罪悪感。 明らかに悪いことをしてたってなら分かるんですが、客観的に見ると「ん?そこまで自分を責めなあかんの?」と思えるものがずらっと並んでいます。 しかも、中には「それって罪悪感というよりも愛じゃん!愛!」というものも多く、愛ゆえに罪の意識に苛まれる方々が少なくないのです。 「お父さん、お母さんを笑顔にしてあげたかったのにできなかった。 そんな自分は幸せになる資格なんてない」 「大好きな彼が幸せになったら、自分も幸せになっていいと思う。 あの人を差し置いて自分一人が幸せになるなんて許せない。 」 「私は彼をさんざん傷つけてしまった。 だから、彼からの暴言も自分への罰だと思って耐えて生きていくのがいいと思う。 」 助けたかった私がいて、愛がいっぱいの自分がいて、その人を幸せにしてあげたかったのに、それができなかった、それは自分のせいだ、と罰しています。 でも、あなたが自分を傷つけているのを見て、お父さん、お母さん、彼(彼女)たちは喜んでくれるのでしょうか。 当然の罰として歓迎するのでしょうか。 もし、そう見えたとしても、それはあなたのエゴが作り出した幻想なのかもしれません。 もう十分自分を責めたんじゃないでしょうか。 だから、もう自分を許してあげませんか。 そして、今度は「受け取る」ということを学んでいきませんか。 彼らからの「愛」を受け取るのです。 そしたら、そんなに頑張らなくても、必死にならなくても、自然と愛と幸せを感じられるようになるでしょう。 2.助けを求めるサイン。 「ここまでぼろぼろになったら仕事辞めてもいいかな?」 「これだけ弱くなったら助けてもらえるかな?」 ブログでも何度か書いた記憶はありますが、「助けて」と言えない、あるいは、言っても助けてもらえない、あるいは、助けてもらっても受け取れない・・・でも、助けてほしい・・・、という人がたどり着くのは、自分を幸せにしないことで助けを求めること。 「助けて」を「愛して」に変えても文意は成り立ちます。 罪悪感をベースに考えれば「自分がほんとうにぼろぼろになって、何もできなくなって、朽ち果てそうになったときに初めて助けてもらってもいい」という心理ですし、無価値感をベースに考えれば「自分みたいに価値のない人間は、助ける価値もないんだから、相当弱ってダメにならなきゃ助けを受け取ることなんてできない」という心理が働きます。 例えば、「本当は親に頼りたい、助けてほしい、でも、それができずにずっと今まで来てしまった。 ふだんは自立してるから全然だいじょうぶだけど、何かの拍子にその助けてほしい自分が出てきてしまう。 ずっと封印しているのに。 もうなくなればいいのに。 」という思いを抱えていることもあります。 この場合は病気、ケガ、事故、リストラ、トラブルなどによく見舞われます。 「これだけひどい目にあったら助けてもらえるかな?」という思いが隠れているからです。 ただ、これが癖になることもあります。 すなわち「小学生の時、風邪をひいて熱を出すとお母さんが優しくなった。 じゃあ、お母さんに優しくしてもらいたければ風邪を引けばいい」という心理です。 弱くなったら助けてもらっていい、と思えば、助けてほしい気持ち、頼りたい気持ちを満たすために弱さを使ってしまうようになるのです。 「手放し」を勧めます。 「受け取ること」を提案します。 完璧に愛されていたことを受け取り、その期待や執着を手放します。 素直に「助けてほしい」と言えるようになり、その助けを受け取れるようにしていきます。 3.復讐の物語。 「幸せになりたくない。 もし、幸せになったらあの人を許さなきゃいけなくなるから」という復讐の物語によって「幸せになれない症候群」を生きてる人がいます。 なんか変な感じがするかもしれませんが、実はこれもとっても多いんです。 「幸せにならないことで復讐している」のです。 もちろん、意識的には「幸せになりたい」と思っていたとしても、です。 もし、あなたに許せない人がいるのであれば、その人の前で笑うことってできませんよね? だから、あなたは幸せになってはいけないんです。 そういう戒めをかけているようなものです。 もちろん、このプロセスは「許し」ですね。 自分を許し、その相手を許す。 もちろん、この「許せない人」は意識していないこともあります。 もし、その人が幸せになったら困る人はいますか? その人の笑顔なんてみたくないって人はいますか? 幸せになっても感謝したくない人はいますか? その人に「ありがとう」が言えるようになることを「許し」と言います。 信じられないかもしれませんが、それは現実に起こります。 4.リーダーシップへの怖れパターン。 「あの人は頑張ってるんだから、あの人は私なんかよりずっと素晴らしい人なんだから、あの人が幸せにならなきゃいけない。 私はそのあとでいいの。 」 「もし、夢を叶えてしまったらもう生きてる意味はないんじゃないの?だから、幸せにはならない方がいいの。 」 「自分一人が幸せになっても、きっと孤独になるだけ。 だって私の周りには幸せな人なんていないから。 」 理屈をこねてるようにも見えますが、本人は本気でそう思ってるんですよね。 自分でもおかしい、と思うけど、その考え方から抜け出せない、みたいな。 一歩前に出る、リーダーシップを取る、という勇気が求められています。 「あの人も素晴らしいけれど、あなたも素晴らしい」 「夢はかなっても、また新たな夢が出てくるから大丈夫」 「一人で幸せになることなんてない。 自分が幸せになったらみんなも幸せになる」 リーダーシップとは与えるだけでなく、受け取る才能でもあります。 周りからの愛、自分の価値、そして、一歩前に出る勇気、これらを自分に許したいところですね。 「コミットメント」と「許し」を自分に許可していきます。 「幸せになる」というコミットと、「幸せになっていい」という許可です。 しかし、そのためには、それをブロックしている理由(今回は4つ紹介しました)を手放していく必要があるんです。 つまり、「幸せになれない理由」「幸せになってはいけない理由」がちゃんとあって、それが機能し、目的を果たしてるのが今の状態なんですね。 だから、その理由と向き合い、本当にそれが自分に必要なことなのかを見極め、そして、手放すことが優先なのかもしれません。 ある人にはこんなことを伝えます。 「まだその理由を手放す意欲がないのかもしれないね。 だから、もう少しそこにいた方がいいかもしれない。 自分が納得するまで、もう大丈夫です、もういいですって思えるまで、そこにいていいと思う。 」 ちょっと突き放した表現になるんですけど、今やってることも大事な学びであり、必要なことなんです。 だから、自分が納得することが大事なんです。 もう幸せになる!って決めたとき、道が拓きます。 けど、そのとき、それまでの罪悪感やなんやらで苦悩していた経験がそこで生きてきます。 ほんと無駄なことは何一つないのです。 だから、「幸せになりたくない症候群」の皆様にまずお願いすることは・・・嫌だろうけど、抵抗があるだろうけど・・・【今のままで大丈夫。 今の私で大丈夫。 】と自分に言ってあげることなのです。 あわせて読みたい.

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