大崎 会長 ダウンタウン。 吉本の大崎会長とダウンタウンの関係は?元マネ?共演は?エピソードも

大崎洋会長(吉本)の年収や高校大学(学歴経歴)は?若い頃がヤバい!

大崎 会長 ダウンタウン

いま、吉本興業が揺れています。 お笑いコンビ「カラテカ」の入江慎也さんの契約解消に端を発する、一連の反社会的勢力が同席する会合への闇営業問題。 この騒ぎの中でときどき見え隠れするのが吉本興業の社長・大崎洋氏の名前。 この事件の責任者でもあります。 どんな人なのでしょうか? 大崎洋社長の基本経歴 1978年に関西大学社会学部卒業後、吉本興業に入社。 その後はエンターテインメントビジネス界において様々なプロジェクトを成功させた、辣腕の人。 同社に入社した理由は、当時サーファーだったために私服で通勤が可能な会社だったからとか。 フリーダムですね。 東京支社長就任後は、吉本興業の企業としての近代化を進めると共に、新たな劇場の建設や若手育成に力を注ぐ反面、会社の方針に従わない芸人やタレントを大胆にリストラしています。 山本圭一の淫行事件で早々に専属芸能家契約の解除を決定し 2016年11月に吉本復帰が許された 、島田紳助さんの暴力団との親密交際 最終的には紳助が自ら引退 など、不祥事、モラルに反する行為を起こしたタレントに対しては、厳格な措置を取っています。 2009年から、吉本興業代表取締役社長に就任しています。 大崎洋社長とダウンタウンとの関係 吉本所属タレントの中でも、大崎社長は特にダウンタウンとの関わりが強いことは有名です。 その理由は、大崎社長こそがダウンタウンを見出し、育て上げたから。 大崎社長は吉本総合芸能学院(NSC)開校時の担当社員となり、無名時代のダウンタウン2人の兄貴分・マネージャー的存在として、かれらに業界のイロハを教えてきました。 その後、大阪で人気の頂点に立ったダウンタウンを、東京に進出させます。 ダウンタウンがメインの番組には、大崎社長がプロデューサー・オーガナイザーなどとして参加していたほど。 それでも2人は『ありがとうございます』と受け取って、時間どおりにやってきて、3人で一生懸命黙々とネタ作りに励んだ」 と、のちに語ってます。 なんでしょ、これこそ 引き寄せの法則でしょうかね。 今でこそ超有名なダウンタウンですが、まだ無名な頃から目をつけ東京進出させて・・ってなかなか出来ないことではないでしょうか。 大崎洋社長と松本人志との関係 大阪の放送局の楽屋で「これから本出したり、映画撮ったりいろんなことしよう」と、大崎社長が話しかけると、松本人志さんは次のように答えました。 「大崎さん、何でそんなこと言うんですか。 僕は金持ちの家に生まれたわけでもないし、運動神経がいいわけでも、ギターが弾けるわけでもない。 やっとお笑いっていうものを見つけて、100メートル走を一生懸命、走ろうとしているのに。 走り幅跳びもしなさい、棒高跳びも、て」 松本人志さんらしい面白い答え方ですよね。 しかも例えもとてもわかりやすいです。 ……まあ、松本人志さん監督映画は すべてずっこけましたが。 また、松本人志さんとスポーツジムに行ったとき、25メートルのプールを目の前にして大崎社長は、 「松本人志が売れるようになったら、もう僕の言うことなんか聞いてくれなくなるなぁ」 「でも、松本が間違った方向へ進もうとしていたら、絶対にとめなければいけない」 と考えました。 そして松本人志さんに『25メートル1回も息継ぎせずに潜水したら、将来俺の言うことを聞いてくれるか?』と聞いてみたら、『ええ、いいですよ』との回答。 その後、何かのことで意見の食い違いがあり、松本人志さんが頑として首を縦に振らなかった時にとっておきの 「あのときのプールの約束、今使うわ(-_-)」 松本人志さんは「えーっ、こんなときにですか……わかりました」と苦笑して受け入れたそうです。 なんかほっこりしますよね。 社長と社員っぽくないというか……信頼関係があるのでしょうね。 スポンサーリンク 大崎洋社長と明石家さんまとの関係 2011年、当時の大人気タレント・島田紳助さんが暴力団と付き合いがあることが明るみに出て引退しました。 この大事件にかかる大崎社長の相談先は、明石家さんまさん。 それは紳助さんの引退会見の直後であり、明石家さんまさんは大崎社長に「俺に任せろ」と言ったとか。 関西ローカルの番組では、さんまさんは「紳助は復帰したっていいんだ」とも発言していました。 この発言の裏には、吉本興業の稼ぎ頭である明石家さんまさんが、第一線から引退することに対するけん制があったといわれています。 テレビ関係者によると 「明石家さんまは60歳になったら芸能界を引退し、好きな事をしたいという思いを以前から持っていました。 さんまの引退を吉本興業の大崎社長は認めないだろうと思い、さんまは大崎社長から紳助の事を相談された際、『紳助を自分の力で復帰させるから、その代わり俺を60歳で引退させてくれ』という約束を交わした」 といわれています。 確かに明石家さんまさんは、当時「還暦だから~」「引退するで」とか少し言っていたような気もします……ですが、今でもずっとテレビには出ているので、この約束はどうなったんでしょうね。 やはり犯罪は犯してなくても、暴力団関係と関係あったという経緯があると、出演するにあたって厳しいです。 島田紳助さん復帰の可能性がなくなった=さんまさんの引退がなくなった、ということでしょうか。 大崎社長と、明石家さんまさんの信頼関係がうかがえますが、まあやっぱりドル箱であるさんまさんを、吉本側は手放せなかったのでしょう。 それにしても大崎社長はこの時から、反社会勢力の人たちと関わった役員やタレントを、厳しい態度で追い出してきた人です。 今回の闇営業問題の中心である入江慎也さんも、芸能界から引退せざるをえないのでしょうか。 大崎洋社長と山口組との関係 漫才コンビ「中田カウスボタン」を結成後、これまでに も数多くの漫才大賞を受賞してきた中田カウスさん。 ダウンタウンの松本さんと一緒に M-1グランプリの審査員を務めていることでも有名ですね。 実はこの中田カウスさん、若い頃から山口組の幹部と付き合いがあり、東京の芸能人が関西で仕事をするときに仲介などをしていたそうです。 「素晴らしき吉本芸人たち」は、前田五郎が撮ってきた芸人仲間の写真集。 昭和30年代頃~写真の数が多いから、ベテラン芸人は基本、何枚も掲載されているんだけど、中田カウスは一枚だけ。 しかも、わざわざこの写真をチョイスした意図とか考えちゃう。 — はしもと なおき torigaraa ヤクザとの交際を暴露された中田カウスさんは、すでに吉本興業所属タレントの肩書きを外されています。 しかし元暴力団幹部の人と吉本興業とトラブルがあった時は吉本興業側につき、現在では 吉本興業内での発言力が強まり、「影のフィクサー」的存在になっているとか。 つまり吉本興業内において、暴力団関係者の処理班というか、窓口的な役割になっているようです。 このため現在の吉本興業は、 大崎洋一派VS創業者一派VS中田カウスといった混沌状態になっているそうです。 島田紳助さんが暴力団との関係を暴露され引退に追い込まれたのも、実は田中カウスさんが仕掛け人だったとか。 また過去にも、吉本所属の歌手・FAYRAYのライブを訪れた大崎社長(当時専務)は、会場にいる一人の女の子を指して 「あれは山口組の五代目の娘や。 歌手になりたいと言ってると、(中田)カウスさんから頼まれた。 ウチでレッスン受けさして、CDを1~2枚出したら満足するやろ」 と語ったといいます。 結局、デビュー計画は頓挫しましたが、吉本興業側はその娘さんに担当社員をつけ、歌唱レッスンまでさせていたそうです。 業界トップの芸能事務所の重役が暴力団に恩を売るため、組長の娘を自社で売り出そうとしていたというのは、社会的責任を問われかねません。 これがもし事実であれば、この当時から中田カウスさんを通じ、大崎社長も暴力団とズブズブだったと思われても仕方ないことですね。 まとめ: 少なくとも表向きは、暴力団と関係のあるタレントを厳しく処分している大崎社長。 社長さんだけあって、自社所属の大物タレントとの関係は良好のようです。 しかし反面、それ以外のタレントさんの待遇が悪いのもまた真実。 もう時代は令和になったというのに、 なんと吉本興業は現在も、大御所を除く若手タレントさんとは、契約書を取り交わしていないのです。 今回の宮迫さんたちの闇営業に関しても、日頃から周囲に「仕事をください」と声をかけていた結果で、いわば公然と闇営業を行っていたのです。 タレントは売れないうちはお給料も低いし、いつ仕事がなくなるかわからない不安定な職業で、そんな職業で家族を養っている人だってたくさんいます。 仕事をしなければ家族を食べさせられず、今まで以上に闇営業をしなくては食べていけなくなる。 今回、謹慎になった芸人たちへの暴力団からのオファーは、逆に増えるかもしれないのです。 大御所だけではなく、若手タレントさんにも契約書が存在すれば、闇営業事件も起きなかった可能性は大きいです。 芸能界ですから暴力団との関係は切っても切れないものですが、こういった暴力団絡みのスキャンダルは少なくなるのではないでしょうか。 スポンサーリンク スポンサーリンク.

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東野幸治、ダウンタウンや吉本興業・大崎会長と出会ったきっかけについて語る「出会いもそもそも、ラジオでございました」

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Contents• 吉本興業HDの会長は大崎洋じゃなくて岡本昭彦では?• 会長:大崎洋• 社長:岡本昭彦 です。 以前は 大崎洋会長が吉本興業の社長を務めていました。 ちなみに岡本昭彦社長は、かつてかなり体を張ってテレビに出演していました(笑) 大崎洋会長はダウンタウンの元マネージャーではないが… 吉本興業HDの大崎洋会長はダウンタウンの初代マネージャーと言われることもありますが、厳密にはちょっと違います。 マネージャーではなくマネージャー的存在だったんです。 担当者員という感じですね。 ただし、 ダウンタウンが養成所にいた頃からの付き合いであり、ダウンタウンを全面的にバックアップする兄貴的存在でした。 大崎洋会長なくしてダウンタウンの大成はなかった、というのは大袈裟かもしれませんが、それほどダウンタウンのプロデュースとバックアップに尽力した人物でした。 お互い苦労人時代があったわけですね。 そんな大崎洋会長とダウンタウンのエピソードをお伝えします。 大崎洋会長とダウンタウン松本のプールでのエピソード 大崎洋会長とダウンタウンが仕事があまりない頃の話し。 2人はスポーツジムに行きました。 松本さんはかなりストイックで、このままだと身を滅ぼすかもしれないと思った大崎洋会長。 そこで、大崎洋会長は思いつきます。 大崎「 プールで25m、俺が息継ぎなしで泳ぎきったら将来何でも俺のことを聞いてくれるか?」 松本「 ええ、いいですよ。 」 息継ぎなしで25mを泳ぎ切るというのは、普通に考えたら困難ですが… 大崎洋会長は中学のときに水泳部だったので、難なくクリア。 その 「何でも言うことを聞く」約束はすでに行使されたらしいです。 一体何に使ったのやら… 願わくばいいことに使われていてほしいですね。 大崎洋会長とダウンタウンによるドッキリ ダウンタウンが大喧嘩するドッキリに大崎洋会長も登場。 喧嘩する様子はマジで怖いです(笑) 部屋も破壊したりと、かなりヤバイ状況。 今田「笑えないです。 」 そのせいか今田耕司さんは大号泣。 東野さんもガチビビリ! 見どころは大喧嘩だけでなく、今田さんを庇う東野さんも素敵です。 大崎洋会長はほぼ出番なし… 大崎洋会長に関連する記事 体を張りまくっていた、吉本興業HDの岡本昭彦社長 年末のガキ使でお馴染みの藤原寛さん。 実は吉本の重役!? まとめ:吉本興業HDの大崎洋会長とダウンタウン 実はかなり苦労人の大崎洋会長。 ダウンタウンの松本人志さんがトップに話ができるのは、岡本昭彦社長を含めて戦友のような関係だからでしょう。 最後に大したことではありませんが、吉本興業㈱ではなく吉本興業HD㈱の会長が大崎洋氏です。

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吉本興業の大崎洋社長とダウンタウンやさんま、暴力団との関係は

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大崎さんがいなかったら僕も辞めるので。 ウチの兄貴なんでね。 大崎さんがいなくなったら僕は辞めますね。 大崎会長を巡るダウンタウン松本人志さんの発言や、2人の関係についても注目を集めています。 大崎会長と松本人志さんの出会いは1982年。 吉本総合芸能学院 NSC に、 ダウンタウンの担当になったのが大崎会長でした。 いわゆるマネージャーですね。 ダウンタウンと言えば今では超人気芸人で、番組MCや演出などそれぞれに大活躍してますが、当時は全く売れておらず無名の芸人でした。 暇を持て余した松本人志さんと大崎会長は2人で映画やサウナに行ったりもしていたそうですよ。 マネージャーとしてより近くで苦楽を共にしてきた大崎会長。 ダウンタウンの育ての親と言っても過言ではない存在の様です。 ダウンタウンにとって大崎会長はマネージャーであると同時に、 業界のイロハを教えてくれた 兄貴分であり、 プライベートも共にする 友人であり、 家族でもあったのです。 大阪で成功したダウンタウンの 東京進出をサポートしたのも大崎会長でした。 1989年、今でも続く「ガキの使いやあらへんで」の放送がスタート。 1991年には「ダウンタウンのごっつええ感じ」の放送がスタート。 この番組の プロデューサーを務めたのも大崎会長でした。 見事全国区になったダウンタウン。 そんなダウンタウンを育て上げた大崎会長は高く評価され、吉本興業上層部へと登っていったのでした。 仕事も少なく、スケジュールはほぼ真っ白。 ダウンタウンの2人はそれに素直に応じ、時間を惜しむ事なく3人黙々とネタ作りに励みました。 練習も一緒にしていたそうですよ。 ダウンタウンが売れる為には努力を惜しまないといった大崎会長の気持ちが伝わってきますよね。 また、ダウンタウンが売れ始めた頃から暴力団組織がダウンタウンや吉本興業に食い込もうとしてきたんだとか。 こんな役割誰もが嫌がったでしょうね。 下積み時代から共に戦ってきた大崎会長が辞めたら一緒に辞める。 という思いに松本人志さんが至ったのも納得です。 戦友でもある大崎会長と松本人志さん。 2人は昔、 ある約束を交わしていたんだとか。 大崎会長はダウンタウンが売れる事を誰よりも望んでいたし、売れると信じていたんでしょうね。 それにしても25m息継ぎなしで泳ぎ切ってしまう大崎会長凄いですよね。 ちなみに、この 約束はすでに果たされている様です。 ある出来事に対して松本人志さんがかなくなに首を縦に振らなかった事があったそうなのですが、その時に大崎会長が「あの時のプールの約束、今使うわ」と、言う事を聞いてもらったそう。 しかしいつどの時でどんな内容なのかは分かりませんでした。 約束からどのくらいの時が経って約束が果たされたのかは分かりませんが、約束を2人とも覚えていて、それをちゃんと守ったという所が素敵だなと思います。 会談内容や吉本興業の行く末について調べてみました。 大崎会長をかばう松本人志、緊急会談の内容とは? 大崎会長がダウンタウンのマネージャーだった事は先にも述べましたが、実は 吉本興業代表取締役社長の岡本昭彦氏も元マネージャーだったのです。 吉本興業と反社会勢力がつながっているともとれる内容もあり驚きましたよね。 宮迫博之さんと田村亮さんの謝罪会見の日の夜、松本人志さんは、 後輩芸人達は不安よな。 松本 動きます。 そして その日の夜10時頃本当に動きました。 松本さんのインタビュー 「心が痛い」 「会社と話しようかなあと思ってます」 全て背負ったり無理だけはなさらずに。 この翌日、松本人志さんは自身がMCを務める「ワイドナショー」を収録済だった内容を放送するのではなく 生放送に変更し出演。 吉本興業がこのままなら、僕は辞めるしかないと会社に伝えた 大崎会長が辞めるなら僕も辞める と、緊急会談での事を語っていました。 そして番組内で岡本社長がVTR出演し、今回の騒動について謝罪、7月22日に会見する事を明言しました。 緊急会談の中で、 「このまま事が大きくなる様であれば進退についても考えなくてはならない」と言う大崎会長の言葉を受けての松本人志さんの 「大崎会長が辞めたら僕も辞める」発言。 吉本興業にとって松本人志さんが辞める事はかなりの痛手ですよね。 でも大崎会長が辞めたら行動力のある松本人志さんですから本当に辞めてしまうと思います。 裏を返せば、パワハラ発言が明るみになってしまった岡本社長が責任を取るしかないと言っている様にも思えます。 同じ元マネージャーだとしても、年齢的にも岡本社長はダウンタウンよりも年下。 大崎会長との絆に勝る信頼関係を岡本社長とは築けていなかったんでしょうね。 松本人志さんは岡本社長に対して、 20年くらい前から言葉づかいが横暴になって、それは本人にも指摘した。 そういう所が今回出ちゃったんでしょうね。 と語っていました。 こういった松本人志さんの一連の言動を見ると、芸人の肩を持っていると思ってしまいますが、確かに芸人たちの為にとった行動で、会社に対して怒り憤っているのでしょうけど、宮迫博之さんや田村亮さんに対して、 「急に悪から善になるわけではない」と、きちんと釘を刺していましたね。 泣いて謝れば許されるわけではないのです。 松本人志さんはあくまで中立。 でも見捨てる事はせず立ち直る為の手助けはするという事でしょう。 吉本興業の今後はどうなる? 今後の吉本興業はどうなるのでしょうか。 所属している芸人たちも、ファンも不安ですよね。 一部では、ダウンタウンないし松本人志さんのみが吉本興業を辞め新事務所を設立し、宮迫博之さんや田村亮さんなどの事件関係者を引っ張るなんて噂もありますが、それはない気がします。 まずは、今ある吉本興業をどうにか良い方向に持っていきたい、というのが松本人志さんや他芸人たちの想いのはずですから。 現に、 吉本興業の中に 事件を起こした芸人たちを引き取るべく 吉本興業を作りたいと提案し、会社側も受け入れたそうですからね。 明石家さんまさんも同じような意見を持っているそうですよ。 今までそこまで親しくしてこなかった後輩たちともこれを機にいろいろ話が聞けそう。 もしこれをうまく乗り越えたら、今までよりすごいいい会社になると思ってて。 松本人志さんはいたって前向き。 問題は山積みかもしれませんが、このまま吉本興業が営業停止になってなくなる、なんて事にはならなさそうですね。 こんなにも会社を思ってくれる松本人志さん。 やはりそれは兄貴と慕う大崎会長を支えたいという気持ちからくるものなんでしょうかね。 大崎会長としても、会社を立て直そうを一緒に考えてくれる松本人志さんがいて心強いのではないでしょうか。 では続いて、大崎会長の経歴などを調べてみました。 大崎会長ってどんな人?プロフィールや経歴 今の大崎会長を見ると仕事人間で敏腕といった印象を持ちますが、吉本興業に入社した頃はサーファーで、適当に仕事をこなす日々だったそうです。 「ダウンタウンのごっつええ感じ」に出演した時の大崎会長と今の大崎会長の印象もだいぶ違いますよね。 【ダウンタウンのごっつええ感じ】浜田、松本、大崎会長が大ゲンカ!ビビる東野、号泣する今田 — 空条桃太郎\歯姫/🎋 momotarou9 大崎会長のプロフィール 1980年 大阪支社から東京支社へ異動。 1982年 大阪の吉本総合芸能学院 NSC 担当社員へ異動。 2000年 株式会社ファンダンゴの取締役に就任。 2001年 吉本興業、株式会社アール・アンド・シーの取締役に就任。 2002年 株式会社有明スタジオの取締役に就任。 2006年 吉本興業取締役副社長に就任。 2009年 吉本興業代表取締役社長に就任。 2019年 吉本興業代表取締役会長に就任。 入社してからは異動ばかりな大崎会長でしたが、ダウンタウンと出会いダウンタウンがブレイクしてからは、一気に出世コースへといった感じですよね。 それが今ではカリスマ的オーラを放つ会社のトップですからね。 ダウンタウンの2人も、まさか会長になるとは思っていなかった様です。 今回の騒動で、松本人志さん始め、極楽とんぼの 加藤浩次さんの熱い訴えも話題となりました。 大崎会長らと対談もしましたね。 しかし、動いていたのはこの2人だけではありませんでした。 吉本興業の芸人トップとも言える 明石家さんまさん。 大崎会長と明石家さんまの関係は?会談の内容は? 大崎会長と明石家さんまさんが、2019年7月25日に直接顔を合わせて意見交換をしました。 ついに芸人と会社のトップ同士が顔を合わせた。 」との事。 1980年代までは吉本興業は大坂の1プロダクションでしたが、明石家さんまさんらの東京進出、そして、フジテレビの「オレたちひょうきん族」の大ヒットで一躍全国区のプロダクションになりましたからね。 明石家さんまさんらの活躍を裏で支えていたのはもちろん大崎会長。 吉本興業にとって明石家さんまさんの存在はかなり大きいですし、大崎会長と明石家さんまさんの間にも何かしらのエピソードがありそうです。 調べてみた所、松本人志さんのような絆の深さが分かるようなエピソードではありませんでしたが、こんなエピソードがありました。 明石家さんまさんは昔から 60歳で芸能界を引退するを考えていたんだとか。 しかし吉本興業としては稼ぎ頭である明石家さんまさんに辞めてもらっては困るという事で引き留めていた状態。 そんな中、吉本興業に所属していた 島田紳助さんの芸能界引退。 明石家さんまさんと島田紳助さんは親友でした。 吉本興業にとって島田紳助さんの引退も大打撃。 その事を大崎会長が明石家さんまさんに相談したとかしないとか。 そこで明石家さんまさんは、「親友の島田紳助さんを復帰させたら代わりに俺を引退させてくれ。 」と言ったそうです。 結局の所、島田紳助さんが復帰する事はありませんでしたが、今回の騒動で、明石家さんまさんと島田紳助さんは電話で話をしたそう。 「吉本がなくなったらアカン」と辞めた今でも心配している様ですね。 その思いを受けて、明石家さんまさんはより一層吉本興業をどうにか立て直そうと尽力してくれる事でしょう。 「現在の社長にはお世話になっていないから好きな時に辞めさせてもらう。 穏便に、というのは難しいかもしれませんが、1日も早く、吉本興業に関わる問題が解決に向かう事を願うばかりです。 大崎会長と松本人志の関係は?プールでの約束と兄貴と慕う絆の真実を調査!まとめ 大崎会長と松本人志の関係は?プールでの約束と兄貴と慕う絆の真実を調査!と題してお送りしましたがいかがでしたか。 今回の騒動で表舞台に出たのは岡本社長のみで、大崎会長の人となりは隠れがちfでしたが、松本人志さんとの関係などを知ると大崎会長がこれまで吉本興業の為に芸人の為にどれほど努力を重ねてきたのか、人望が厚い理由が分かりました。 早く事態が収束し、以前のように素敵な笑いを世間に届けてほしいですね。

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