安倍 昭恵 facebook。 安倍昭恵のフェイスブックにコメント殺到!例の「いいね」真相は?

安倍昭恵氏の花見問題、総理でも完全に制御不能状態か

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しんぶん赤旗 日曜版(3月1日号)より 安倍首相をめぐるさまざまな不正の発信源となってきた昭恵夫人だが、今度は自分の事業の出資者がIR汚職に絡んで逮捕されるという事態が起きた。 本日、東京地検特捜部が、衆議院議員・秋元司被告のIR汚職事件で贈賄側の中国企業顧問の被告に裁判で虚偽の証言をするよう依頼し、報酬として現金を渡そうとしたとして、3人の会社役員を「証人等買収容疑」で逮捕した。 ところが、逮捕された会社役員のうちのひとりが昭恵夫人の事業に出資し、「桜を見る会」などに参加していた「48(よつば)ホールディングス」の淡路明人元会長だったのだ。 48HDは独自の仮想通貨「クローバーコイン」を「購入すれば1カ月半後には10 倍に値上がりする」「3カ月で128倍の価値になる」などと嘘を騙って販売をおこなったとして、2017年には特定商取引法違反(不実告知など)にあたるとして消費者庁から3カ月の一部取引停止が命じられた問題企業。 だが、この48HDの代表だった淡路氏は、2016年の「桜を見る会」や安倍晋三後援会主催の「前夜祭」に参加。 安倍首相や昭恵氏、菅義偉官房長官らとツーショット写真を撮り、これらの写真をマルチの勧誘に使用していた。 「写真を見て信用し、コインを買った」という被害者の証言もあり、安倍首相と桜を見る会は完全にマルチの広告塔として利用されていたわけだ。 しかも、淡路氏はその辺の陣笠議員から招待状を入手して参加したわけではなかった。 「桜を見る会」当日、「安倍晋三後援会」のバスに乗車して、受付開始時間前に新宿御苑に入園。 安倍首相を出迎えて、いっしょに記念写真を撮っていた。 ようするに、安倍首相の後援会メンバーだけに許された特別扱いを受けていたのである。 その理由は、本サイトでも既報のとおり()、淡路氏が昭恵氏の事業の出資者だったからだ。 安倍首相の地元・下関市には、昭恵氏が経営に参加する「uzuhouse」(ウズハウス)という複合型ゲストハウスがある。 このウズハウスはそもそもの発案者も昭恵氏で、運営会社の取締役にも昭恵氏の名前があるが、2016年1〜4月にかけてクラウドファンディングで開業支援を募集。 昭恵氏自身がネット上の動画で呼びかけ、合計約4000万円を集めた。 このクラウドファンディングに48HDの淡路社長(当時)が出資していたのだ。 そして、この出資にあと、淡路社長は特別待遇で「桜を見る会」と前夜祭に招待されたというわけである。 これはどう見ても、昭恵氏がウズハウス資金提供の見返りとしか思えないだろう。 総理大臣夫人が自分の私的なビジネスへの出資の見返りに、税金で開催された国の行事を悪用し、総理大臣もその悪用を認めていたとすれば、これは明らかな背任行為だ。

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(C)JMPA 《安倍昭恵総理夫人を現地に案内し、夫人からは「いい土地ですから、前に進めてください。 」とのお言葉をいただいた。 』との発言あり》 森友学園問題への関与が強く疑われる、総理夫人・安倍昭恵さん(56)の発言。 決裁文書から削除されたこの発言が明らかとなったのは、今年3月12日のこと。 前日までほぼ2日に1回のペースでFacebookに投稿を続けていた昭恵夫人だったが、3月11日を最後に更新停止していた。 森友学園問題の全容が解明されないまま18年が終わろうとしているなか、12月29日、9カ月ぶりに昭恵夫人のFacebookが更新された。 27日に自身が参加した『高校生が被災地で考える防災サミット』の記事をシェアしたのだ。 昭恵夫人は高校生に「自ら行動することで得た経験を自分のものにして、広く発信して」と呼びかけたという。 投稿には昭恵夫人本人の文章は添えられていない。 しかしコメント欄では知人などから《お帰りなさい、楽しみにしてました》《新しい年には、以前のような昭恵さんらしい発信が甦りますように期待してます!》といった歓喜のコメントが。 一方で《昭恵さん もうしばらく、出ないでくださいね》《アッキード再開かよ》などと、辛辣なメッセージも寄せられている。 昭恵夫人のFacebookといえば、「野党のバカげた質問ばかりで、旦那さんは毎日大変ですね」という書き込みへの「いいね!」で物議をかもしたことも。 自民党内からも苦言を呈する声が上がっていた。 「安倍首相は決裁文書の発言について『妻に確認した。 そんなことは言っていないということだった』と説明していますが、昭恵夫人は沈黙を続けたまま。 森友問題についての説明を欠いたまま新年から本格的にSNS再開となれば、さらなる反発も予想されます」(政治部記者).

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安倍昭恵の実家は森永製菓?若い頃の学歴(成績)がヤバかった!

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安倍晋三首相の妻・安倍昭恵夫人(56)が発起人の「世界こどもサミット」について、週刊文春は新興宗教団体「KAMIスタイル」との関わりを報じました。 森友学園問題など、新たな問題が次々に明らかになっていますが、関係といえば、安倍昭恵夫人の実家と森永製菓です。 というのも、安倍昭恵夫人の父親・松崎昭雄氏は、森永製菓の相談役で母親の恵美子氏も森永製菓と深い関係にあります。 そんな昭恵夫人はとうぜんお嬢様育ち。 幼稚園から良家のお嬢様が通う聖心に入園し、エスカレーター式で聖心女子学院初等科、中等科、高等科と進んでいます。 ですが大学へはストレートで進学していません。 そこで今回は、昔の成績や学歴はどうだったのか、また、若い頃は電通に勤務していたことや、自由奔放な発言で「バカすぎる」と言われている理由などについてもふれていこうと思います。 安倍昭恵の実家は母親と父親が森永製菓 国会を揺るがした朝日新聞の財務省公文書書き換え報道。 財務省は「森友学園」への国有地売却をめぐる決裁文書に書き換えがあったことを認め、決裁文書に記された安倍昭恵夫人の名前を削除していたことも判明しました。 もし今後、現物の公文書が公表されれば、文章の書き込みなどから情報源が分かってしまうので、安倍内閣はたちまち危機状況に陥るとか。 やはり、安倍昭恵夫人は森友学園問題に関係していたのでしょうかね。 そんな安倍昭恵夫人の実家は森永製菓創業家。 父親は森永製菓社長を務め、現相談役の松崎昭雄氏です。 母親・恵美子氏の実家も森永製菓創業家と、両親とも森永一族なのです。 少しわかりづらいかもしれないので、家系図にするとこんな感じ。 (安倍昭恵 実家の家系図) 創業者の森永太一郎氏が松崎半三郎氏を支配人に招き、1910年に株式会社森永商店を設立。 その2年後に森永製菓に改称しました。 太一郎氏が製造を担当し、半三郎氏が販売を任されていたといい、当時、森永のお菓子は大いに売れたそうです。 その息子である森永太平氏も3代目森永製菓社長、松崎一雄氏は副社長を務めました。 そして、先代の太一郎氏、半三郎氏の孫にあたる恵美子氏と昭雄氏が結婚し、森永・松崎両家は血縁で結ばれたのです。 安倍昭恵の若い頃の学歴 成績 安倍昭恵夫人の父親と母親は、森永製菓と関係が深いということもあり、実家はとても裕福。 そのため、昔から何不自由なく育ったといいます。 また、若い頃の学歴はというと、聖心女子学院高等科を卒業後、大学もそのまま聖心女子に進むかと思えば、なぜか専門学校へ進学。 そして卒業後は電通に入社したのです。 昭恵夫人は、なぜ専門学校へ進学したかについて「広告業界で仕事をしたかったから」と話していますが、一説には成績が悪いため、大学へ進学する推薦がもらえなかったと言われています。 専門学校は仕事をしたい女性にとっておかしくない選択。 ただ、昭恵夫人の場合、どんなに成績が悪くても、実家が森永製菓の創業者家なので、若い頃に電通へ入社すること自体、難しくなかったのでしょう。 安倍昭恵が子供いない原因 安倍昭恵夫人は電通に入社してすぐに寿退社しています。 安倍晋三首相との出会いは1984年、電通の上司の紹介だったとか。 その後、3年の交際を経てふたりは結婚。 (若い頃の安倍晋三首相と安倍昭恵夫人の写真) しかし、子供はできませんでした。 子供がいない原因は、昭恵夫人が不妊症だったためで、一時は養子縁組も考えたそうです。 それでも2006年には44歳の若さでファーストレディに。 ところが、当時の安倍昭恵夫人は「名家に生まれた苦悩を抱えていた」と語っています。 各国のファーストレディには華麗な肩書があるのですが、昭恵夫人には学歴や職歴のコンプレックスがあったそう。 それは大学へ進学していないのと、電通を早期退社したことが理由のようです。 さらに2007年、夫の安倍晋三氏が潰瘍性大腸炎で突如総理を辞任。 昭恵夫人はどん底に突き落とされましたが、大学院への進学で劣等感を振り切ったのです。 そして2009年、昭恵夫人は、立教大学大学院に入学。 若い頃に成し得なかった大学での学びと出会いが、その後の昭恵夫人を劇的に変えたようですね。 安倍昭恵がバカすぎる? 安倍昭恵夫人は、自分のことを家事ができないなどとテレビで発言したり、「原発の再稼働反対」「TPP反対」など、安倍首相とは違った見解を示すあまり、「バカすぎるのでは?」といった声があがっています。 大学院を卒業してからはというものの、自由奔放な発言で周囲から「夫の足を引っ張ってどうする」と批判されても、なぜ批判されているのか理解できてないようです。 昭恵夫人がオーナーの居酒屋「UZU」も、夫の安倍首相は店を持つことを反対したが、「夫の耳に入らない市民の本音を聞き出したい」と強引に押し切ったとか。 森友学園の幼稚園で講演したり、森友学園が新設する予定だった「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長に就いていたことも、いま思うとある種の暴走だったのかもしれません。 やはりお嬢様特有の物事を深く考えない気質が、度重なる問題へと発展させたと言わざるを得ません。

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