神 は 天 に いま し すべて 世 は 事 も なし。 神、空にしろしめす。なべて世はこともなし。

第六章 共通点 1 神示と霊訓 神の計画 錦の機(はた)の仕組/世の大峠(立替と立て直し)/政治・経済/春の到来/神の奇 謝寅

神 は 天 に いま し すべて 世 は 事 も なし

神界の意匠を知らぬ世界の人民は、色々と申して疑がへども、今度の大事業(たいもう)は人民の知りた事ではないぞよ。 澄子が善くなれば、次に役員が善くなる。 役員が善くなれば氏子が善くなるぞよ。 経の役は、口で言はせる事も手で書かせる事も、毛筋ほども違はせられん辛い御役であるなり。 今まで苦労いたした事が、水の泡になりてはつまらんから、大本の辛い行を勇んで致す人民でありたら、神が何ほどでも神力を授けるから、ドウゾ取違ひをせぬよう、慢心の出ぬ様に、心得ておりて下されよ。 世界の神、仏事、人民の為に、神が永らく苦労を致して居るぞよ。 機の初り丹波の綾部、あやの神戸(かんべ)にあるわいなと、昔から歌が遺してありたのは今度の世界の立替立直しに就いての譬えであるぞよ。 縦糸はモウ出来上がりて天へ上がりたから、是から先は変性女子が御苦労なれど、縦糸をかけて棚機姫(たなばたひめ)殿の御用を致すのであるぞよ。 珍しき機の仕組みであるぞよ。 -『伊都能売神諭』/出口直伝達より- モーゼスの霊訓 かくて真理は甲から乙へ、乙から丙へと、次第次第に四方に伝播し、やがて高山の頂峰から、世界に向かって呼びかけねばならぬ時代も到着する。 見よ、その時、この隠れたる神の子達が、大地の下層より隆起して、自己の体得し、また体験する所を、堂々と証言するであろう。 最初は細き谷川の水も、やがて相合して、ついに神の真理の大河となり、洋々として大地を洗い、その不可抗の力の前には、現在汝等を悩ます愚痴も、不信も、罪悪も、虚偽も皆、跡形もなく一掃されるであろう。 シルバーバーチの霊訓 即ちかの偉大にして素晴らしい計画、その中に皆さんの一人ひとりは、自らの小さな絵模様を織りこみつつある。 やがてこの織物は完成するだろう。 その暁には、各民族各人種はその所を得て、ここに完全な世界が現出することになる。 静寂の中に産まれつつあるもの、何物も動いているとは見えない時に、それこそ織られつつある刺繍(ししゅう)の一部。 日に夜をついでこの作業は進む、他日地上の子等すべてを多い尽くす。 大いなる織物を織り上げる作業が。 あなたの使命はまだ終わっておりません。 まだまだこれから織っていかねばならない糸が残っております。 この世に残すべき足跡、あなたのこの地上生活に計り知れない意義をもたらした霊的真理を何らかの形で残していく仕事が、まだ残っています。 神の国のまことの神の力をあらはす世となれる、仏もキリストも何もかもはっきり助けて七六(しちむ)かしい御苦労のない世が来るからみたまを不断に磨いて一筋の誠を通してくれよ。 今一苦労あるが、この苦労は身霊をみがいておらぬと越せぬ、この世はじまって二度とない苦労である。 -『日月神示』/岡本天明伝達より- シルバーバーチの霊訓 今日いま一度、地上には霊的な力が投入されている。 地上の者は誰一人として、この大きな潮の流れを、阻止する事はできないであろう。 霊的な大きな力が、いま地上世界に向かって降りていく。 地上のあらゆる国々で、次第にこの力が感得されていく。 いま地上では大事業が進展している。 それは地上の利己と無知を打破しようとする運動である、やがて時来れば、この事業は必ず達成される。 だが、その前に必ず大きな産みの苦しみがある。 政治・経済 (前略)・・・最近の反宗教運動に関する意見を叩く機会をとらえることができた。 「反宗教?わしの方は大賛成じゃ。 もともとわしの方は昔から反宗教で押し通して来たんじゃからな」 「でも、大本教だって宗教の一種である以上は、反宗教運動の対象になるんじゃないですか?」 「いや、大本は決して『宗教』じゃない。 『大本教』というのは、いはば新聞辞令で、わしの方は『大本』といってるだけじゃ。 『大本』は政治も経済も芸術もみんな引っくるめた宇宙の大本を説いているのであって、現在ある『宗教』のようなけちなもんとわけが違う」 -昭和6年10月号『文芸時代』「出口王仁三郎訪問記」より- (前略)総て何事でも政治、教育、実業、医学、暦法、天地文学、科学、宗教、哲学、その他一切のものは皇祖皇宗の御遺訓なる皇典古事記に包含されて居る。 しかして皇道は政治の大道が主眼になって居ります。 政治ぞ、これは経済ぞと分けることは、まつりごとではないぞ。 何時も与へるばかりでないか。 神の政治、神国の政治は与へる政治とくどう申してあろがな。 今のやり方では愈々(いよいよ)苦しくなるばかりぞ。 まつらふことによって何もかもうれしうれしになるのざぞ。 これは政治ぞ、これは経済ぞと申してゐるから「鰻つかみ」になるのぞ、分ければ分けるほど分からなくなって手におへぬことになるぞ。 -『日月神示』/岡本天明伝達より- シルバーバーチの霊訓 やがて新しい民族が台頭する。 その民族は一切の政治も宗教も科学も、ただ一なるものの各部分である事を認める。 その日には、苦しみも涙も嘆きも災いも消え失せ、地上は唯、微笑みと幸福の国と変るだろう。 地上には三つの課題がある。 第一は無知、第二は悲しみ、第三が飢え、この三つはいつまでも消えないだろう。 心霊知識が政治と結びつき、人々が心霊知識を身につけて、それに従って生きるようになるまでは。 人に奉仕することをしないで、どうやって神に仕えることができようか。 地上世界は用語とか名前とかレッテルとかを気にする。 私は一言で、これを奉仕という。 皆さんはこれを、政治学とか経済学とか社会学とかいう。 だが、これは単に表現の相違に過ぎない。 筆先に一度出した事は、チト速し遅しはあるなれど、毛筋も違はん事ばかりであるから、皆でてくるぞよ。 人間は近欲で疑い深いから、何も分からんから疑ふ者もあるなれど、この神示一分一厘違がはんのざぞ。 -いづれも『日月神示』/岡本天明伝達より- シルバーバーチの霊訓 今地上のあらゆる所に、不満の雲がただよっている。 しかし夢あふれる春と成就の夏が近づいて来る。 その到来は、神の子等がその自由意志を鍛える歩調に応じ、早くもなり遅くも成る 神の奇跡 信仰の浅きもの、近欲なるものは、神の奇しき働きを求むるものなり。 帰神ばかりに凝ると、最初は人が珍しがりて集りて来るなれど、余り碌な神は出て来んから、終ひには山子師、飯綱使、悪魔使いと言はれて、一代思はくは立たんぞよ。 それのみで道を説いてはならんぞ。 そんなこと位でマコトのホッコン改心が出来るならば、人間は遠の昔に改心して御座るぞ。 -『日月神示』/岡本天明伝達より- モーゼスの霊訓 つまり人間は、奇跡を演じてみせようとすると感心する。 そして自分の個人的興味がそそられ好奇心が満たされる限りは、ついてくる。 が、その段階から引き上げ、自己中心的要素から脱して、永遠の価値を有する本格的真理へ近づけんとすると、背を向けます。 高すぎるものは受け入れられないのです。 そこで神の計画が挫かれ、神より託された人間への恩恵が、にべもなく打ち捨てられます。 心霊現象は、あくまでも霊の実在を確信させるための手段にすぎないことを心得られたい。 その一つ一つが霊の世界から物質の世界への働きかけの証なのです。 それだけのものと理解し、それを霊的神殿を建立するための基礎として活用してほしい。 現象はどういじくってみたところで、それ以上の価値は出てきません。 それに、霊側がこれ以上やっても無駄とみた時は、そうした現象を得意とする低級霊に譲って引き上げてしまうものです。 かくして折角の奥深い啓示の機会が逃げ去ることにもなります。 シルバーバーチの霊訓 人間には、ただ単に病気を治すだけでなく魂の琴線に触れて霊的真理に目覚めさせる偉大な霊力が宿されております。 私はこれからこの霊力について語り、あなたがたにぜひ理解していただきたいと思います。 というのは、心霊治療もそこに本来の存在理由があるからです。 魂の琴線に触れた時こそ本当に成功したといえます。 なぜなら、その体験によって魂の奥にある神の火花が鼓舞され、輝きと威力を増すことになるからです。

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ロバート・ブラウニング

神 は 天 に いま し すべて 世 は 事 も なし

「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」 これは次の通りに読めると言われている 「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」 続いて 「卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九十六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まって二十十七一九六てある」 これについても読み方は 「もも何もかもハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるから ミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ 今一苦労あるが この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ この世始まって二度とない苦労である」 解釈としてはマコトの神が世に出現して神の力を現して、すべてを助け何の苦労もない理想的な世界に立て直していくが、その前にはは未だかつてなかったほどの大災厄や大試練を迎えなければならない。 助かるためには身魂 (、、)を絶え間なく磨き、鍛練しつつ備えよ。 磨いていなければ助かることが出来ない。 という内容だと考えられている。 この大峠は我々の住むこの現界のみならず、神界、霊界、幽界なども含めたすべての世界とすべての存在に等しく起こるとされ 、のうち何ひとつそれから免れることができるものは存在しないという。 また、この現界よりもはるかに高次元で高度と思われる神界の神々や守護神といった存在でもこの大峠を越せない存在があるという。 この身魂磨きや心の浄化、また正しい食生活で身体を健康で強壮なものに保っていくことの大切さは日月神示の主題と言っても良く、我々ひとりひとりがこの現界をより良く生きるためにも、この先に起こるとされる大峠を無事に乗り越えるためにも極めて重大なことであり日月神示自体が降ろされた理由もこれに尽きると考えられる。 なお、日月神示はこれらの帖を手始めに昭和19年から天明が亡くなる2年前の昭和36年まで17年間にわたり書記されていく。 神示には「人間の生き方」、「正しいについて」、「夫婦の本当のありかた」、さらには「霊界」の実相(霊界のことについては節を設けて後述)についても書記されているなど非常に広範囲にわたっての記述が見られるが、未来に関するいわゆる「」的な記述部分も多く見られる。 また、日月神示はそのほとんどが数字や記号で書記されているが、その理由を神霊自らが神示の中で 「高度の霊人となれば文字はない。 ただ文字の元をなす「レ」と「〇」と「+」があるのみ。 また高度の霊人の文字として、ほとんど数字のみが使用されている場合もある。 数字は、他の文字に比して多くの密意を蔵しているからである」(二日んの巻第十三帖)や 「天人同志の文字は数字が多いぞ。 天人の言葉はマコトであるから、ただ一言で万語を伝え得るぞ。 」と「星座之巻」第十八帖、第十九帖で述べている。 同様なことは18世紀の巨大なにしてであり、また、その後半生はとして有名なの貴族であるE. も天界探訪の事を記した自身の著作で 「天人の文字は数字が非常に多かった。 」と書いていて興味深いものが有る。 日月神示より以前に他で出された神示類ではこのようなことは見られず、神霊が「 今まで他に出て居たのは皆、神示先(ふでさき)ぢゃ。 ここは神示(ふで)ぢゃ。 キの神示ぢゃ」(カゼの巻第六帖、第七帖)と書記させている。 また、「アメの巻」第十三帖でも 「外で判らん根本のキのこと知らす此の方の神示ぢゃ、三千世界 のこと一切の事説いて聞かして得心させて上げますぞや。 落ち着いて聞き落としのない様になされよ。 」とも語られている。 また、一方ではこの神示は単に現界に生きる人間のみならず、天界や霊界、また、その他多くの世界に住んでいる存在(神、竜神、天人、天使、霊人達)にも等しく与えられているらしい次のような記述も見られる。 「この神示は、神と竜神と天人天使と人民たちに与えてあるのぢゃ」と「極め之巻」第十八帖で述べられている。 二日んの巻(ジシンの巻)は全19帖その全てが抽象的な絵のみで書記されている。 19年現在、これらの13巻は未だ発表されていない。 また、発表されている巻の中にも「星座の巻」第二十四帖のように未発表で欠帖の部分が有る。 「|三の巻」(ウミの巻)第十五帖、「龍音の巻」第十二帖。 東京のに在った(鳩森八幡神社)でを務めていた高井是空が設立した日本古代史を研究していたグループ。 東京の原宿にあり、科学畑の人物が多かったといわれる。 霊媒に懸かった霊を判定する役割の人間。 神の名を語る下級霊が懸かってくる場合も多いため、それらを見分ける幅広く深い霊的知識が必要とされる。 天明を訪れた将校は「の一部ではこの神示をにして配っているほど有名で信用されているのだ。 」と天明に語ったという [ ]。 (12年)-(昭和35年)。 生まれ。 宗教家、思想家。 社会主義、の「」は高田の元妻である。 「天之日津久神社」が千葉県印旛郡公津村台方に在る事は扶乩実験後、数日後に実験の参加者の一人がいろいろ調べて天明に知らせたという。 また、天明自身に自動書記が起こるようになってからも最初の頃は自分みたいなつまらぬ人間に懸かる神霊だからさして格の高い神だとは思っていなかったという。 「上つ巻」第十四帖で 「身魂の洗濯とは心の洗濯とは、魂ばかりの洗濯でないぞ」、また、「ア火ハの巻(アホバの巻)」第十五帖でも 「ミタマとは身と霊であるぞ。 」と述べられている。 「天つ巻」第四帖で 「今度は世界中、神神様も畜生も悪魔も餓鬼も外道も三千世界の大洗濯ざから、そんなチヨロコイ事ではないのざぞ。 」や「富士の巻」第二十帖でも 「日本ばかりでないぞ、世界中はおろか三千世界の大洗濯と申してあろうがな、神にすがりて神の申す通りにするより外には道ないぞ。 」と述べられている。 「至恩之巻」第十三帖で 「死ぬか生るかは人民ばかりでないぞ、神々様も森羅万象の悉く(ことごとく)が同様であるぞ、しばらくの生みの苦しみ。 」と書記されている。 また、「紫金之巻」第五帖でも 「大地震、ヒ(火)の雨降らしての大洗濯であるから、一人のがれ(逃れ)ようとて、神でものがれることは出来んぞ、天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ」と語られている。 「富士の巻」第二十帖で 「臣民ばかりでないぞ、神々様さへ今度は無くなる方あるぞ。 」や「松の巻」第二十二帖でも 「世変りたら生命長くなるぞ。 今迄上にあがりて楽してゐた守護神は大峠越せん事になるぞ。 」と書記されている。 「日の出の巻」第十三帖では 「此れまでの仕組みや信仰は方便のものでありたぞ。 今度は正味の信仰であるぞ、神に真直ぐに向ふのざぞ。 日向と申してあろうがな。 」と語っている。 いわゆる、この世とあの世を含めたすべての世界のことである。 「ゑらぐ」は文法上の動詞で「楽しそうに笑う。 楽しんで笑う。 」の意味。 「 腹一杯食べてはならん、死に行く道ぞ、二分を先づ神にささげよ。 流行病は邪霊集団のしわざ、今にわからん病、世界中の病はげしくなるぞ。 」(五葉之巻第十四帖)、 「みなみな気つかん理、気つかん病になってゐるぞ。 ツキモノがたらふく食べてゐることに気づかんのか。 食物節すればツキモノ改心するぞ。 」(冬の巻補帖)• 一般には聞きなれない名称だが、同じく第四帖で 「陽霊人とは人民の中の悪人の如く、陰霊人とは善人の如き性をもってゐるぞ。 」と語っている。 「龍音之巻」第十帖で 「肉体霊、外部霊、副守護霊などの想念は、時によって動物的、幽界的となるものであるから、それと同一波長の動物的霊が感応する、感応はするが肉体の内部までは入り込めない、しかし、感応の度が強ければ入ったと同様に見える状態となるのである。 先祖霊も大体同様であるぞ。 」と語っている。 「二日んの巻(ジシンの巻)」第六帖で 「地上人に於ても、その内的真実のものは額でのみ見得るものであって、目に見え、目にうつるものは、地上的約束下におかれ、映像された第二義的なものである。 故に、地上人の肉眼に映じたままのものが霊界に存在するのでない」と述べられている。 「龍音の巻」第十八帖で 「正神には奇跡はない、奇跡ないことが大きな奇跡であるぞ、奇跡するものは亡びる。 高級霊は態度が立派であるぞ。 わかりたか。 」と述べている。 「龍音之巻」第六帖で 「科学を馬鹿にしてはならん。 幽界の霊であっても高度のものともなれば、神界の高級神霊と区別することが六ヶ敷しい(難しい)ぞ。 」と述べている。 「日の出の巻」第二十一帖でも 「悪の大将の神憑は、神憑と分らんぞ、気つけて呉れよ」と述べられている。 神懸りについては「磐戸(一八十)の巻」第九帖で 「㋹(神)が誰にでも懸かりて、すぐ何でも出来ると思うていると思いが違うから気つけておくぞ。 神懸かりに凝る(こる)とロクなことないからホドホド(程々)にしてくれよ。 この道は中行く道と申してあろがな。 」と述べられている。 偶然の事については「星座之巻」第一帖でも 「偶然と申すのは、宇宙世界、星の世界の必然からのものであって偶然ではないぞ。 」とも述べられている。 「二日んの巻(ジシンの巻)」第七帖で 「地上には、地上の順序があり、法則がある。 霊界には、霊界の順序があり、法則がある。 霊界が、原因の世界であるからと云って、その秩序、法則を、そのまま地上にはうつし得ず、結果し得ないのである。 また地上の約束を、そのまま霊界では行い得ない。 しかし、これらの総ては大神の歓喜の中に存在するが故に、歓喜によって秩序され、法則され、統一されているのである。 」と述べられている。 天明の妻である岡本三典によると、最初にこのお告げが下った時は天明自身その理由が分からず「何か粗相がございましたらどうか、お許し下さい」と、ひたすらお詫びをし許しを請うたが、許しが出なかったのだという。 3日目に遂に天明は覚悟を決め、神前にお供えの「」をわざと落としその責任を取るという形で自ら留守神主の職を辞して鳩森八幡神社を去った。 この事件で正神主が不在の間、天明とともに留守を預かっていた正神主の家族全員は即死だったという。 日月神示の原文には記号が多いが、この㋹はその中でも最も多く出てくる記号のひとつである。 読み方としては神や光、身魂を磨いて神霊(高級神霊)がどっしりと鎮まった人間のことだとされる。 また、真ん中で中心といった意味もあるとされる。 ここでは日本のことを指していると考えられている。 神示の中では随所に出てくるが、今後に到来する理想世界のことだと言われている。 また、神の国、神の世とも書記されている。 日月神示に先立って国常立尊がの「」に懸かって自動書記させたといわれる「」でも、同様な事を述べている部分が有り、「天の巻」第1輯(集)、書記日、明治二十五年旧正月で 「世界国々所々に、世の立替へを知らす神柱は、沢山現はれるぞよ。 皆艮金神(うしとらこんじん)、国常立尊の仕組で、世界へ知らして在るぞよ。 」と述べられている。 同様なことは「一八(いは)の巻」第十帖でも 「人民には見当取れん大きな大きな大望(たいもう)ざから、その型だけでよいからと申しているのぢゃ、型して下されよ。 改心の見込みついたら、世の元からの生き神が、おのおのにタマ(魂)入れてやるから、力添え致してやるから、せめてそこまで磨いて下されよ。 悪は伸びるのも早いが、枯れるのも早いぞ。 いざとなればポキンぞ。 花のまま枯れるのもあるぞ。 」と述べられている。 同様なことを述べている帖はいくつか有り、「 上つ巻」第二十一帖と「下つ巻」第四帖で「 世の元の大神の仕組といふものは、神々にも分らん仕組であるぞ、この仕組分りてはならず分らねばならず、なかなかに六ヶ敷(むずかしい)仕組であるぞ、知らしてやりたいなれど、知らしてならん仕組ぞ。 」、 「この仕組知らさなならず、知らしてならんし神もなかなかに苦しいぞ、世の元からの仕組ざから、いよいよ岩戸開く時来たぞ。 」また、「日月の巻」第三十六帖でも 「今度の愈々(いよいよ)の仕組は臣民の知りた事ではないぞ、神界の神々様にも判らん仕組ざから、兎や角申さずと、神の神示腹に入れて身魂磨いて素直に聞いてくれよ。 それが第一等ざぞ。 」などで語られている。 「下つ巻」第十四帖で 「早う身魂みがいてく呉れよ、みがけただけの神をつけて、天晴れ後の世に残る手柄立てさすぞ。 小さいことはそれぞれの神にきいて呉れよ、一人ひとり、何でもききたいことは、病直すことも、それぞれの神がするから、サニワでお告げうけて呉れよ、この方の家来の神が知らせるから何でもきけよ。 病も直してやるぞ、その神たよりたなら、身魂みがけただけの神徳あるぞ。 この世始まってない今度の岩戸開きざから、これからがいよいよぞ。 」と述べられている。 「世は七度の大変りと知らしてあろう。 」(黄金の巻第二十六帖)、 「世はグルグルと七変り、改心の為世界の民皆、今度は引上げ一旦みなあるぞ。 」(黄金の巻第七十一帖)、また、 「世は七度の大変り、いよいよの段階に入ったら、何が何だか、われよしの人民にはいよいよ判らなくなり、あせればあせる程ふかみに落込むぞ。 」(月光の巻第四十帖)とそれぞれ述べている。 「松の巻」第八帖で 「今度の建替は、此の世始まってない事であるから、戦ばかりで建替出来んぞ。 世界隅々まで掃除するのであるから、どの家もどの家も、身魂も身魂も隅々まで生き神が改めるのざから、辛い人民沢山出来るぞ。 」と述べられている。 同様なことを「大本神諭」でも国常立尊が今までの立替について次のように述べている。 「昔から立替は在りたなれど、臭い物に蓋をした様な事ばかりが仕(し)て有りたので根本からの動きの取れん立替は致して無いから、何に付けても大望であるぞよ。 」(「天の巻」第1輯(集)。 書記日、大正四年旧十二月二日)。 この「元のキの道」については、「んめの巻(梅の巻)」第二十一帖で 「途中からの神は途中からの神、途中からの教は途中からの教、今度の御用は元のキの道ざぞ、世の元からの神でないと判らんぞ、出来はせんぞ、生れ赤児の心とは、途中からの心、教すっかり捨てて了へと云ふ事ざぞ。 」と述べられている。 また、「一八(いは)の巻」第二帖でも 「この方等が天地自由にするのぢゃ。 元のキの道にして、あたらしき、キの光の道つくるのぢゃ。 あらたぬし(楽し)、世にするのぢゃと申してあること愈々(いよいよ)ざ、人民、臣民勇んでやりて下され。 神々様守護神どの、勇め勇め。 」と書記されている。 神示には、この北の国はであるとはっきり記されている。 「日の出の巻」第七帖で 「おろしやにあがりておりた極悪の悪神、愈々(いよいよ)㋹の国に攻め寄せて来るぞ。 北に気つけと、北が愈々のキリギリざと申して執念(くどく)気つけてありた事近ふなりたぞ。 」と書記されている。 また、同じ第七帖で 「ろしあの悪神の御活動と申すものは神々様にもこれは到底かなはん思ふ様に激しき御力ぞ。 」と述べている。 これ以外でも 「北から来るぞ。 神は気もない時から知らして置くから、よくこの神示、心にしめて居れよ。 」(上つ巻第二十五帖)、 「オロシアの悪神と申すは泥海の頃から生きてゐる悪の親神であるぞ。 北に気つけて呉れよ。 」(日の出の巻第二十帖)と書記され北(ロシア)からの攻撃があるらしい事が複数の帖で述べられている。 一般的には「宵の明星」はを指すが、ここでは金星ではない他の未知のを指していると考えられる。 「」のもその口述著書である第1巻で「ミロクの世」の到来に先立って、前兆として未知の天体が出現して、世の人が驚嘆するらしい様子を次のように語っている。 「天に王星の顕はれ、地上の学者知者の驚嘆する時こそ、天国の政治の地上に移され、仁愛神政の世(みろくの世、ミロクの世)に近づいた時なので、これがいはゆる三千世界の立替立直しの開始である。 」(霊界物語 第1巻霊主体従 子の巻)で語り記させており、近未来にこの今まで未知であった天体が出現し誰の目にも目撃されるであろう事は、ほぼ確実だと思われる。 また、「王星」という表現がされていることから巨大で極めて大きな特徴を持つ天体だと考えられる。 この「八のつく日」については「五葉之巻」第十二帖で 「八のつく日に気つけてあろうが、八とはひらくことぞ。 今が八から九に入る時ぞ、天も地も大岩戸ひらき、人民の岩戸ひらきに最も都合のよい時ぞ、天地の波にのればよいのぢゃ、楽し楽しで大峠越せるぞ、神は無理申さん、やればやれる時ぞ、ヘタをすると世界は泥の海、神々様も人民様も心の目ひらいて下されよ、新しき太陽は昇ってゐるでないか。 」と述べられている。 「上つ巻」第一帖で 「日本はお土があかる、外国はお土がさかる。 」と書記され外国の中には海に沈む所もあると述べている。 天明はこの日を何より楽しみにしていた。 天明はこの日は公休を取り、切符も手配し(当時は戦時中で切符を買うにも2日がかりだったという)、お弁当の「」まで自分で作っていたほど酒が飲めることを心待ちにしていたという。 しかし、こうした準備も全て終えた行く前日の夜になって高田が鳩森八幡神社の天明を訪れ、「先方から手紙が来て今回は待ってほしいと言ってきた(その手紙の文面は少し前に不意の来客があり「どぶろく」をふるまったために、2人に飲んでもらうだけの十分な量の「どぶろく」がなくなってしまったので、あと半月ほど待って欲しいとの内容だったという)」と今回の印旛郡公津村台方行きが急遽、中止、延期になった事を天明に告げたという。 これを聞かされた天明はこの上もなく非常に残念だったと当時の心境を後に語っている。 それでも結局行ったのは、この2か月前の(フーチ)実験の時に現れた神霊を祀る「天之日津久神社」がこの近くに在るという不思議な偶然さと、実験では神霊が出てきてくれたおかげで天明自身の面目が立ち、非常に助かった(そもそも、修史協翼会のメンバーに扶乩(フーチ)実験を行うことを提案したのは天明だった)ということで、この神霊に「御礼」と「感謝」の気持ちを伝えたいということで天明は1人で千葉県印旛郡公津村台方(現:成田市台方)に訪れた。 なお、この話には後日談があり、この2年後に「天之日津久神社」の近くに移り住んだ天明は、しばらくしてから2年前に訪れる予定だった「どぶろく」を造っている家の主人の「小川源一郎」から「天明さん1人が飲むぐらいなら当時でも十分にあった。 」と聞かされたという。 なお、小川はこの当時、公津村の村長を務めており、地元では名士だったという。 天明によるとその場所は本殿左側奥にある大杉を右手にして少し行った所だったという。 しかし、挨拶しようと訪れた時にはや雑草が茂っていて小径(小道)さえなく、家がそこに在ったとはとても思えないような場所だったという。 (19年)-(47年)。 生まれ。 「一二㋹(ひつくのかみ)奉讃会」。 「一二神示拝読会」。 「地つ巻」第二十一帖でも 「臣民からは阿房(あほう)に見えても、素直な人には神がかかり易いのであるから、早う素直に致して呉れよ。 」と述べている。

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賀茂真淵『にひまなび』(日本名著全集)

神 は 天 に いま し すべて 世 は 事 も なし

"The Bend in the Road" それから数日経ったある日の午後、マリラは農場で訪問者をむかえた。 アンが観察しているのも知らず、長い時間ずっと話をしていた。 ゆっくりと彼女が帰ってくると、アンは質問をあびせた。 「あのお客さんどなた? どんな用事だったの?」 窓の近くの椅子に腰を下ろすと、マリラはアンを見据えた。 急に両目から涙が流れはじめた。 震える声でつっかえながら話しはじめた。 「この農場を買う相談だよ。 いくらで売るのかあたしに聞いたんだよ」 「グリーンゲイブルズを買う? いくらで、ですって!」アンは飛び上がって驚いた。 自分の耳が信じられなかった。 「もちろんあなたはそんなことしないわよね。 ここを売っちゃったりしないわよね?」 「もちろんそうしたくはないよ。 でもわからない。 それこそここを売る以外の全部のやり方について検討したんだ。 ああもし、あたしの目がちゃんとしていてくれたら、なんだってできたろう。 ずっとここにいて、自分のことはなんでもやりくりできたさ。 新しく作男を雇ったりしてね。 でもそうはできない。 お医者様は、あたしの目が、ゆくゆくは失明するだろうと言った。 そうなったら何もできなくなっちまう。 今までのようにはなにひとつね。 あたしはここを出たくない。 ここを売って、他の場所で、他の景色を見ながら暮らすなんて、一度だって考えたことなかった。 ここはあたしの家なんだ。 ほかのどこでもなくね。 あんたが奨学金をとってくれて良かったって思うよ。 アン、これからはお休みの間も、ここには帰ってこれなくなっちまう。 ほんとうにすまない。 でもあんたはもう大人で、自分の面倒は自分で見れるからね」 マリラは疲れたように言い終わると、両手で顔を覆い、さめざめと泣きはじめた。 「グリーン・ゲイブルズを売る必要なんてないのよ」とアンは言った。 「売らずにすめばどんなにいいだろうってあたしも思うよ。 でもアン、考えてもみておくれ。 目の見えないあたしが、ここでひとりきりで住めると思うのかい?」 「ひとりきりで住むことなんてないの。 あたしが一緒なんだもの。 あたしレドモンド大学に行かないって決めたの」 「大学に行かないだって!」マリラは驚いて、顔から手を離し、アンを見つめた。 「あら聞こえなかった?」と、アン。 「そうよ、大学には行かないの。 奨学金を受け取るのもやめるわ。 驚いた顔してるわね。 これでもいろいろ考えたのよ。 まあ、聞いてちょうだい。 まず、来年になったら、バーリーさんが畑を借りたいって言ってるわ。 貸してしまえば世話なしだし、それだけじゃなくて、あたしは教師になるの。 彼はあたしのために、アヴォンリーでの教師の口をあきらめて、ゆずってくれたのよ。 あなたとあたしが一緒に暮らせるようにってね。 あれ、これでぜんぶ話しちゃったわ。 ねえあたしはここで、あなたに本を読んであげるのよ。 これからもずっと元気づけてあげるの。 一緒にいたら、ほんとうに、すごく幸せになれると思わない? あなたと、あたしで」 アンがそう言うのを、マリラは夢を見ているような気持ちで聞いていた。 「そりゃあ、あんたがここにいてくれたらどんなにいいだろう。 だけどあんたに自分の目標をあきらめさせることはできない。 この懐かしい、おだやかな土地を、ずっとこのままにしておきたいの。 あたしたちそうしなきゃならないのよ。 もう決心してるの。 マリラ、あたしは大学には行かない。 ここで教師になるの。 心配は御無用よ。 あたしにとってここで暮らすのが一番いいことだと思うし、それにこの美しい土地は、あたしが注ぐ愛情よりはるかに大きなものを返してくれると思う。 クイーン学院を卒業したとき、あたしの未来には一本のまっすぐな道だけがあるように感じた。 でも、今それは曲がりくねっているように思うの。 曲がり角の先には、きっと今まで見たことのない何かが待っているんだと思う。 あたしはそれをまだ知らない。 でもこうすることが一番いいって信じてるから」 オーチャード・スロープに向いた窓から光がピカピカ入ってきた。 「ダイアナが光でサインを送ってるのよ。 こっちに来いですって」アンは笑った。 「ちょっと失礼して、行ってくるわね。 まったく何の用事なんだか」 アンは丘を駆け下りていった。 マリラからは、すぐに影に隠れて見えなくなった。 すごく空気が新鮮で、森に入ると、枝の隙間から家の光がチカチカまたたくように見えた。 向こうには海があるのもわかる。 それらすべての美しいことが、アンの心をぞくぞくっとさせるのだった。 「懐かしくて美しい世界」心の中で、アンはそう言った。 「愛してる。 あたしあなたとともに生きていけるのを、ほんとうにうれしく思う」 丘を半分ほど下ったところに、背の高い若者が立っており、口笛を吹いているのを彼女は見つけた。 ギルバート・ブライスの家の門の前だった。 ギルバートはアンに気づくと、口笛をやめ、礼儀正しく帽子をとった。 たぶん、そのまま何も言わず行ってしまおうとしたんだと思う。 アンが足を止めて、彼に手を伸ばしてさえいなければ。 「ギルバート」彼女は話しかけた。 頬が真っ赤になっていた。 「お礼を言いたいの。 アヴォンリーの仕事をゆずってくれて、ありがとう。 ほんとうに助かったわ」 ギルバートはアンの手をとり、しっかりと握りしめた。 「たいしたことじゃないよ。 少しでも君の力になりたいって、ずっと考えてたんだ。 僕のほうはホワイト・サンドでも教えられるしね。 僕を友達にしてくれるかい? 僕が昔にしでかしたこと、許してくれるかな?」 アンはおかしくて、笑い出してしまった。 「あたしもうとっくあなたを許してたの。 あの、バーリーの池の日にね。 でも、そのときは自分でわからなかったの。 あたしはとっても自分勝手で、自分のことしか見えていない女の子だったんだもの。 ずっとあなたに謝りたいと思ってた。 ごめんなさい、ギルバート」 「僕たち親友になれんだね」ギルバートは言った。 ほんとうに幸せそうだったに。 「僕たちまるで生まれたときから仲良しだったんだって、そんな気がするよ。 ねえアン、これからはお互いに助け合って、力を合わせていこう。 できるだけどんな場面でもね。 ねえ、君はこれからも、自分の勉強をつづけるつもりだろう? もちろん僕もそうだ。 おいで、君を送っていくよ」 アンが台所の勝手口から帰ってくるのを、マリラはいぶかしげに見つめた。 「あんたはダイアナのところに出かけたと思ってたけどね。 そこの小道のところまで、誰かと一緒だったようじゃないか。 どちらさんだい?」 「ギルバート・ブライスよ」アンは答えると、さっと顔が赤くなった。 「丘の途中で会ったの」 「ふうん。 あんたとギルバートがそんなに仲良しだったなんて、今まで知らなかったよ。 門のところで突っ立ったまま三十分も話し込んでたみたいじゃないか」とマリラはひやかすように微笑んだ。 「ずっと友達だったんじゃないわ。 でもこれからは良い友達になったほうがいいって、ふたりでそう決めたの。 それくらいは大目に見てほしいもんだわ、マリラ」 その夜、アンは彼女の部屋の窓に腰かけて、長いこと深い感謝の気持ちを感じていた。 風がやさしく吹いて桜の木の枝を揺らした。 雲ひとつないきれいな夜で、島のどこからでも星がキラキラまたたくのが見えた。 「"神は天にいまし、すべて世は事もなし"」アンはそっと、口の中でつぶやいた。

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