風あざみ 歌詞。 井上陽水の「少年時代」にでてくる、「風あざみ」って何?

少年時代(井上陽水) / コード譜 / ギター

風あざみ 歌詞

「少年時代」誕生秘話 まず、少年時代という曲についてご説明しましょう。 この曲は1990年9月にリリースされ、現在でも 井上陽水最大のヒット曲となっています。 もともとは、井上氏が荻野目洋子に提供するシングルのB面に使う予定で作曲したものの、その曲のできばえがよかったことに加え、 同名映画「少年時代」の主題歌の依頼が来たこともあり、自身でカバーし、シングルでリリースすることになったという経緯があります。 その映画「少年時代」は、藤子不二雄A氏の連載漫画が原作で、以前から藤子氏と飲み仲間として親交のあった井上氏に主題歌の依頼が入ったというわけです。 発売後 20 年たっても新 CM が続々と! そんな風にして誕生したこの曲ですが、ヒットにつながるには少々時間がかりました。 発売直後は、オリコンチャート最高20位だったものの、発売から1年後にソニーのCM曲に採用されたことでオリコンチャート4位まで上昇し、TV番組のテーマとしても使用されるなどしてロングヒットになりました。 2008年にはキリンビール、2013年には日本コカ・コーラ、そして2014年には健康家族と、 各社のCMに「少年時代」が使用されています。 また、井上氏が子ども時代を過ごした福岡県田川郡糸田町では、防災無線でこの曲のオルゴール音を流しているそうです。 この曲の魅力はいつまで経っても色あせないことがわかりますね。 えっ!ぜんぶ造語だったの!? ここまで少年時代という曲について述べてきましたが、いよいよ本題の3つの言葉についてです。 調べてみると、なんとこれらはすべて 井上氏による造語ということがわかりました。 どうりで、辞書を開いても載っていないはずです。 ちなみに、彼の楽曲には他にもたびたび造語が登場するようです。 それぞれの言葉に込められた意味を解説していきます。 風あざみ 植物のアザミを連想しますが、風あざみという種類は存在しません。 風が吹いてあざみをゆらしている情景を表現した言葉が 「風あざみ」なのです。 アザミは夏から秋に花を咲かせます。 夏が終わり、アザミの花を揺らす風に秋の気配を感じている情景が浮かびますよね。 夢花火 これは、夢で見たような花火、あるいは夢のようにはかない花火を意味します。 響きもとてもきれいですよね。 ちなみに、ナオト・インティライミにも 「夢花火」という曲があります。 二つの曲の関連性はわかりませんが、こちらの歌詞では「夜空に広がるユメハナビ」とカタカナ表記にしています。 宵かがり 宵とは、日暮れから間もない頃の時間です。 かがり火は、鉄のかごに薪などを入れて焚く火のことです。 夏には花火やお盆、祭りなど、夜のイベントが多いですよね。 そんな情景を「宵」「かがり火」という2つの言葉が連想させるわけです。 それにしても、いかにも昔からありそうな言葉に思えてしまいます。 ちなみに、井上陽水がインタビューでこれらの歌詞の意味を聞かれたとき、「響きのよさで作った言葉で、 意味ないんだよ。 」と答えたそうです。 それでこんなに情景を十分に表す言葉を作り出してしまうなんて、すごいセンスですね。 「少年時代」は、毎年聞きたくなる、そして時おりどこかで耳にする名曲です。 次にカラオケにいった時は歌声と一緒に、この 歌詞にまつわる話も披露してはいかがでしょう。

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井上陽水の「少年時代」にでてくる、「風あざみ」って何?

風あざみ 歌詞

井上陽水さんの『少年時代』の冒頭部分の歌詞です。 曲とともに聞いたことがない人はいないはずの歌詞なんですが、この中で、意味の分からない言葉が入っていませんか? …そう、以下の言葉です。 「 風あざみ」 この「風あざみ」って、言われてみればよくわからないですよね。 なんとなくわかるような気がするけど、いざ説明を求められると答えられない…そんな人が多いのではないでしょうか? まあ答えられないのは当然です。 実は「風あざみ」という言葉…、 存在しないみたいです(笑) 「どぉーーーーい!! 」って感じですね。 実はこれ、井上陽水さんが何となく雰囲気で勝手につくった言葉なのです。 「風あざみ」なんていう言葉自体、本来存在しないのです。 この事実を知った当時、私は衝撃を受けました。 まず第一に、意味のない言葉を勝手につくり、歌詞のこんな冒頭に持ってくる井上陽水さんの神経に驚いたというのがあります。 ただ一応、彼はもともと探し物をしている人に対して「探し物は何ですか?」と尋ねた後、すぐに「それより私と踊りませんか?」とわけのわからない誘いを仕掛け、最終的には「夢の中へ」といざなおうとする変人です。 「探すの手伝ってやれよ!」とも思いますが、それが常人を超越する井上陽水ですので、これはこれで受け入れるしかありません。 私がそれ以上に衝撃を受けたのは、意味の分からない言葉を含む『少年時代』という歌が、一般大衆に「いい曲」として受け入れられていることです。 一部言葉の意味が分からなくても、その音楽が醸し出す全体の雰囲気を感じ取り「いい曲だな~」と思ってしまう…これは言い換えれば、本来意味のないものにすら価値を感じてしまうということになります。 人間はどのような時に価値を感じるのか? これを考えることはビジネスに限らず、あらゆることにおいて重要であると思いますが、人に価値を感じてもらうために、どうやら「言葉で説明する」ということは必須ではないようです。 「風あざみ」からわかる論理的説明を凌駕するもの 私は過去のこちらの記事「」において、ソシュールの言語論的転回を取り上げました。 ここでの理論を簡単におさらいすると、 「私たちは言葉を用いることによって初めて、世界を理解することができる」 というものになります。 何かを理解しようとする時、人間はそのモノを言語化することではじめて理解したことになります。 言葉に表すことによってのみ、そのモノをプラス・マイナスのニュアンスを含んだ、理解できるものとして脳の中におさめることができるのです。 しかし、音楽の世界においては一概にそうとも言えないようです。 先ほどの「風あざみ」の例のように、意味不明な言葉が入っていたとしても全体として「いい曲」として受け入れてしまうことがあります。 理解不能な言葉すらそうとは感じさせずに肯定的に受け入れてしまう、そのような力が音楽には備わっているのでは…と考えられます。 人が価値を感じるのに、論理的な言葉による説明は究極的には不要なのかもしれません。 そしてそれを考えるにあたり、「音楽」というのは一つのヒントになると言えるでしょう。 ではここで少し、音楽と脳科学について触れておきましょう。 音楽と脳科学 「音楽は人に快感や勇気を与える」ということには、脳内の快感作用の仕組みが関係しているようです。 これは一部脳科学的にも明らかになっています。 音楽にはリズムというものがあり、そのリズムは「音域の高低」「音の強弱」等を組み合わせることで作られます。 この「音域の高低」(キーが高くなったり低くなったりすること)と、「音の強弱」(音が大きくなったり小さくなったりすること)とが、一種の振動波を生み出すのです。 人はこの振動派を、聴覚や体の振動で感じ取り、それが感覚神経によって脳に集められ、脳の神経に興奮や安らぎ等の快感をもたらすとされています。 この時、脳内で働いている主な神経伝達物質には、 ・ ドーパミン(やる気とともに快楽・喜びの感覚を引き起こす) ・ ノルアドレナリン(緊張や恐怖とともに覚醒を引き起こす) ・ セロトニン(バランスを整え、精神の安定をもたらす) があります。 一般的に「テンポが早く、音量の大きい曲」は、神経の覚醒・興奮を伴った快感を引き起こしますが、この時脳内では快感物質ドーパミンやノルアドレナリンが分泌されていると推測されています。 逆に「テンポがゆっくりで、音量の小さい曲」は神経の興奮を鎮め、気分をリラックスさせてくれます。 この時、脳はノルアドレナリンやアドレナリンの分泌を抑え、セロトニンを分泌して休息状態を作っていると考えられます。 また、音楽を聴く際は上記三つ以外にも、アセチルコリン等の脳内の神経伝達物質は少なからず作用しているでしょう) そして、年代の特性に関していえば、一般的に若い世代の人は、覚醒興奮作用を持つ快感物質ドーパミンやノルアドレナリンの分泌量が多い傾向にあるため、その分泌速度に合った興奮・覚醒を引き起こす「テンポの速い、音量の大きな曲」を好むことが多いです。 逆に年配層の人は、脳や体が疲労しやすい状態であるため、疲労を和らげるような「テンポのゆっくりした、音量の小さい曲」を好むようになると考えられています。 たしかに、アップテンポの曲を好む年配層は少ないですよね。 当然個々人で差はあるので年代だけを取り上げて一概に言えることではありませんが、この傾向は脳科学的に説明ができるものなのです。 このように、音の振動波が脳の神経に快感をもたらします。 さらに、その音に乗せられた歌詞が人に具体的な共感をもたらすことで、音楽は人の心を揺さぶる強力なものになるのでしょう。 どうやら、音楽には意味不明な言葉をも覆いつくして人に共感を与える力が備わっているようです。 「風あざみ」のように、一部知らないはずの言葉が出現しても、その音楽全体が作り上げた世界観という強い魔力によって、人の脳はそれを肯定的に受け入れてしまう…。 そんな音楽に支配された、 私の心は夏模様 早稲田大学商学部卒。 大学卒業後、進学塾の講師として大学受験指導に携わり、東大・早稲田大・慶應義塾大等の難関大学合格者を多数輩出。 しかし長年続けていくうちに、次第に現代の教育産業のあり方に疑問を持ち始め、このまま塾講師だけを続けていくことの意義が薄れ始める。 その後、進学塾の現場を離れ、さまざま模索している中で、教育産業の負の側面の突破口としてインターネットビジネスに大きな可能性を感じる。 そして2013年からは「ピオリム」というハンドルネームで個人でビジネスを展開し、メディア構築・コミュニティ運営・個別コンサルティング・リアルセミナーなど様々な活動を実施。 そのまま事業を軌道に乗せ、2015年に法人化。 現在は「塾講師としての活動」と「インターネットビジネスでの活動」を通じ、そこで培った経験・スキルを統合させて教育分野に変革を起こすという思いから、心理学・脳科学・言語学等の様々な視点を取り入れた体系的・実践的講義を展開。 主にオンラインのコンサルティングやオフラインのセミナー及び通信制高校のサポート校の運営などを通して、インターネットで独自の価値を創造して社会の中でお金を生み出す力を発揮できる人間の育成に携わる。

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井上陽水が『少年時代』の歌詞に込めた意味とは?風あざみや夢花火って何?

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研究開発室 渡来 皆さんお元気ですか。 9月になりましたが、まだまだ暑い日が続いていますね。 高麗人参を飲んで、残暑を乗り切っていきましょう。 また、食欲の秋に備えて体調を万全にしておくために、夏が過ぎても高麗人参を飲み続けてくださいね。 この他にも、まだまだたくさんあると思います。 地域限定のものでは、 「しまった、しまった」といえば、「島倉千代子」に始まり 「こまった、こまった」といえば、「コマドリ姉妹」 「まいった、まいった」といえば、「マイケルジャクソン」 「なんのこっちゃ」といえば、「抹茶に紅茶」 など、 これら吉本新喜劇でお馴染みのフレーズは、 大阪の人なら高確率で、つい声に出してしまうことでしょう。 また同じ言葉でも、地域によって思い浮かぶ言葉に違いがあったりしますね。 例えば、コーヒー。 京都で「コーヒー」といえば、「イノダコーヒー」かもしれませんが、名古屋で「コーヒー」といえば、「コメダ珈琲」となるかもしれません。 このように、少し調べただけでも地域や世代、過ごしてきた環境などによって、違いがあることがわかります。 大変、興味深いですね。 私の場合、「夏が過ぎ…」という言葉を耳にすると、「風あざみ」という言葉が浮かびます。 これが、頭から離れなくなります。 頭の中で、ピアノの伴奏とあの歌声が流れると、自分の少年時代のことを思い出し、しばしば郷愁にふけります。 ところで、『少年時代』の歌詞にある「風あざみ」「夢花火」「宵かがり」といった言葉。 曲の雰囲気とマッチして、とても聞き心地が良いですね。 しかし、普段は使わない言葉ですよね。 実はこれらの言葉、井上氏が作り出した言葉なのだそうです。 この事を知った当初は、何か騙されたような気がしました。 この名曲から教えられた、少年時代のような無邪気な心と豊かな感性を大切にし、日々の業務に励んでいきたいと思う、今日この頃です。 それでは、ごきげんよう。

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