千曲 川 氾濫 地域。 【18:00更新】台風19号による水害の状況(埴生・屋代地区)

千曲川はなぜ決壊したのか(下) 役に立たなかった浅川ダムと、利根川の八ッ場ダムと渡良瀬遊水地の評価

千曲 川 氾濫 地域

千曲川(ちくまがわ)とは? 千曲川とは信濃川のことです。 と言っても 千曲川=信濃川なのではなく、途中で名前が変わるタイプの川だという意味です。 信濃川は日本一長い川として有名です。 全長は367kmもあります。 源流は甲武信ヶ岳(埼玉、山梨、長野の県境にある標高2475mの山)で、新潟県の佐渡島の方へ向かって流れている川です。 台風19号の被害を報道するニュースでは濁ってしまった泥水でしたが、普段はこんなにも美しい川です。 少し話が前後してしまってすみません。 信濃川は長野県からスタートし、新潟県の海へ流れ出ていくのですが、長野県では千曲川という名前で、新潟県では信濃川という名前なのです。 テレビでは千曲川、千曲川って言ってますけど、基本的に日本一長い川である 信濃川の上流(だいたい上半分くらい)をイメージしいていただければわかりやすいかと思います。 千曲川の氾濫、決壊場所の地図は?台風19号で堤防が70mに渡り損壊! ここからが本題になります。 増水した水量により堤防が70mに渡って決壊してしまったとニュースでやっていますよね。 あれ、具体的にどこの場所なんでしょうか? 調べてみると、とんでもないことがわかりました。 なんと千曲川は全6カ所も氾濫していて、堤防が70mに渡って決壊した場所はその内の一つに過ぎなかったのです。 70mに渡って決壊した場所は、長野市の篠ノ井 しののい 横田・篠ノ井小森・穂保となります。 ちょうど長沼体育館のあたりです。 地図では長沼体育館で検索したポイントにピンがありますが、ここらへんの堤防が決壊しています。 この黄色い円の建物が長沼体育館だと思われます。 航空写真や屋根の色などから判断して間違いないでしょう。 長沼体育館の正確な住所は【〒381-0003 長野県長野市大字穂保943イ-1】 です。 千曲川の氾濫、決壊場所の地図は?台風19号で堤防が70mに渡り損壊!まとめ 以上、今回はテレビのニュースで大きな話題になっている千曲川の氾濫、決壊場所を紹介してみました。 上では全6カ所あるうちの最も大きな一カ所という事で紹介していますが、他には・・・• 上田市国分• 千曲市雨宮• 須坂市北相之島と• 小布施町の飯田・山王島• 中野市の立ヶ花・栗林 こちらの5か所です。 この5カ所では越水などによって河川の氾濫が起きているだけで、堤防の決壊まではしていません。 千曲川の堤防が決壊して氾濫した箇所は長野市穂保の一か所だけです。 (情報提供者様、ありがとうございます。 ) 最後に、以前にこんな記事も書いていますので参考になれば幸いです。

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阿賀野川の氾濫!場所や危険地域はどこ?被害状況や動画・画像も|ヨウコママの情報アンテナブログ

千曲 川 氾濫 地域

千曲川の堤防が決壊し、浸水した地域=10月13日、長野市、朝日新聞社ヘリから、遠藤真梨撮影 堤防が決壊して大きな浸水被害を受けた千曲川。 その上流域にある長野県の佐久地方では、毎年、2週間後がお盆だというのに8月1日が「墓参りの日」となっています。 この地方で育った筆者は、大人になるまで、それが全国的な行事だと思っていました。 もちろん地域限定で、江戸時代にあった大水害「戌の満水(いぬのまんすい)」の犠牲者を悼んで始まったものだと伝えられています。 270年以上前の水害をきっかけに始まった風習が伝承され、地域全体の行事として今も続いているのです。 寛保2年にあった大水害 戌の満水とは、どんな水害だったのでしょう。 1742年(寛保2年)7月末から8月(旧暦)にかけて台風によるとみられる大雨による水害です。 この年は「壬戌(みずのえいぬ)」、江戸時代中期、徳川吉宗が将軍だった時代です。 『「戌の満水を歩く」 寛保2年の千曲川大洪水』(信濃毎日新聞社出版局)によると、「千曲川流域の犠牲者は2800人前後と推定でき、関東平野の死者は6000人~1万4000人といまだに漠然としている」という大災害でした。 新暦では8月末から9月初めにかけて、近畿や中部地方で河川が氾濫、その後、江戸や信州でも水害が起き、千曲川沿いの大水害、利根川や荒川、多摩川でも洪水が発生して関東で大きな被害がありました。 「被害の状況から台風が大阪付近に上陸、北上し中部関東を通り、三陸沖から太平洋に抜けた。 この時に秋雨前線の活動に刺激を与えたという説がある」(国土交通省の資料)ようです。 関東では「寛保二年洪水」として知られ、日本歴史災害事典によると、「溺死者は江戸では3914人。 葛西領ではおよそ2000人が行方不明」「江戸を除く信濃・上野・下野・武蔵・下総・常陸・上総国の堤防の決壊は、延長43000間、決壊箇所は96035カ所」という被害がありました。 現代とは、治水の水準が格段に違うとはいえ、すさまじい災害です。 千曲川を含む広域での洪水被害という意味では、今回と似ているようにも思えます。 見上げる位置に残る水位標 水位標のひときわ高い位置に示された寛保2年の水位=長野市、10月15日、いずれも小林舞子撮影 千曲川では大きな水害が繰り返されてきました。 今回の大雨で大きな被害が出ている長野市も、過去に大きな被害を受けています。 今回、堤防が決壊した場所に近い玅笑寺(みょうしょうじ)には、洪水の時にどこまで水に浸かったのかを刻んだ本堂の柱の記録をうつした「千曲川大洪水水位標」が立っており、そこには明治43年、明治44年、弘化4年、明治29年などの高さが示してあり、ひときわ高い見上げる位置に寛保2年の水位が示されています。 この洪水では、被害救済で松代藩の財政が悪化して、池波正太郎の小説でも知られる「真田騒動」の一因になったとも言われています。 長野県内での被害は、上流から佐久穂町、小諸市、東御市、上田市、千曲市、長野市、小布施町、中野市にも記録が残されています。 これらの地域で伝えられていることは、 ・・・ (残り:約2458文字/本文:約3742文字).

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千曲川決壊、過去最大の水量による水圧 越水も重なる 台風19号

千曲 川 氾濫 地域

立ケ花の水位は日没後の17時以降に急上昇を始め、氾濫が発生した翌3時すぎまでの約10時間で10m超も水かさが増した。 22時30分から23時30分の1時間には一気に1. 97m上昇していた。 千曲川には長野県各地に降り注いだ雨水が流れ込む。 長野県の上流域では猛烈な雨が降り、12日だけで佐久市初谷で546mm、北相木村で395mmの雨量を記録。 防災科学技術研究所の調査では、千曲川流域の多くの場所で12日の24時間雨量が「100年に1度」の想定量を超えていたという。 立ケ花観測所は23時20分に避難判断水位を超えたため、23時40分に高齢者などに避難を促す水準の「氾濫警戒情報」を発表した。 ただ、急激な水位上昇で同時刻にはすでにいつでも氾濫が起きうる氾濫危険水位に到達していた。 一方、千曲川右岸側の中野市は上流域の状況から氾濫を予見。 21時30分には立ケ花周辺の住民に避難指示を発令した。 左岸側の長野市が避難指示を発令したのは13日0時45分だった。

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